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東奔西走メッセンジャーズ 第一話

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 その先輩の声に促されるように、キッシュという奴を食べてみる。
 もう、言うまでも無いかもしれないけど……それもとびきり美味しかった。


 この街の事を聞いたり、氷川教授の近況やら俺の大学での研究等を聞かれたりしながらの昼食が終わって、先輩は紅茶を、俺は玄米茶を静かに啜っていた。
 確かに特選だけあって、美味い。
 そもそもそこまで気合入れる飲み物なのか……と言われれば微妙ではあるが。
 お茶を啜りながら、ぼーっとそんな事を考えつつ、大きく取られた窓越しに入ってくる柔らかい日差しを浴びながら、春の彩りに満ちたストレイシープの中庭など眺めていると、夢見心地に誘われる。
 あ、梅の枝になんか緑が綺麗な鳥が止まってるな……花札の絵柄みたいだ。
「食後のご感想は?」
 窓外に意識を遊ばせていた俺だったが、先輩の声で我に返る。
「最高に良いお店を紹介してくれてありがとうございます」
「何よりね」
 決定、俺の巡回路入り。
 後は財布を圧迫せずにがっつり食える食堂と、本屋とPCのパーツ買える店と……後は。
「そういえば、紹介してくれるって言っていた自転車のお店ってのは、此処から近いんですか?」
 馬籠商会とか言ったっけ……プロがご贔屓の店という安心感は大きい。
「ううん、ちょっと街の外れにあるの、野良屋の近所ではあるんだけどね」
「へぇ、でもそれは助かりますね」
 特に初心者の俺には。
「そうね、まぁ日常メンテと、簡単なパーツ交換程度は出来るようになって貰えるように、新人研修で指導する予定だけど」
 指導と言った辺りで、まりな先輩がにまーっと笑う。
 何となく、その表情に氷川教授が俺を楽しそうに苛める時と共通の匂いを感じて、心の中で身構える。
「簡単ってどの位の事が出来るようになるのを想定してるんです?」
「研修の内容に関しては野良屋で説明するから楽しみにしててね〜」
「……はい」
 心底楽しそうな先輩の表情を見ていると、なんとなく、教授の友人ってのに納得できた。
 まぁ、この人になら苛められ甲斐もあるか。
 念の為に言って置くが、俺はマゾじゃないぞ……多分。
「さて、それじゃそろそろ出ましょうか」
 店内の時計を見ると、既に1時間半が経過していた。
「そういえば、オーナーがお待ちなんですよね……良いんですか?」
 速攻クビとか困るんだけど。
「あ、大丈夫大丈夫、遅れるとは連絡入れてあるから」
 それで良いのか?とは思ったが、今は先輩に任せるしか無い。
 不安そうな様子が表に出てしまったのか、先輩は俺の顔を見て僅かに表情を曇らせた。
「まぁ、一区切り付けないと落ち着かないか……」
 そう呟くと、先輩は伝票を手にして、スタスタとカウンターに向かって歩き出した。
「ま、待ってください、割り勘で」
「そう?別に良かったんだけど……じゃランチセット税込み900円ね」
 そう言いつつ、微妙に苦笑して手を出した所を見ると、どうやら俺のオトコノコの沽券とか矜持いう奴を判ってくれたらしい。
「じゃ、これでお願いします」
「はいはい、お釣は待ってね」
 差し出された英世先生を手にして、先輩は水月ちゃんに声を掛けた。
「お愛想〜」
「あ、はい毎度ありがとうございます、お二人で1,800円になります」
「じゃ、これで」
「はい、2,000円お預かりします……では、こちらお釣りになります」
 レジの音と先輩の声を聞きつけたのか、奥から夕那さんが顔を出す。
「またいらして下さい、まりなもね」
「あたしゃオマケかい」
「まりなは頼まなくても来るでしょ」
「あー、そういう事言うんだ、常連を大事にしないお店は潰れるよ」
 可愛く拗ねるまりな先輩に、夕那さんは優しく笑いながら、背負えるようになっている小さなカバンを差し出した。
「はい、常連さん、ご所望のアッサムのセカンドフラッシュ200gとお裾分けを入れて置いたから、機嫌直してくれる」
「お、何が入ってるの?」
 そんな先輩に、店長と店員さんは顔を見交わしてから、楽しそうに笑いながら、こう応えた。
「春がちょっとね」




 この街の特徴である運河や水路と併走する道路を走っていく。
 自分では結構なペースで走っている心算だったが、途中何台かの自転車が倍は出てるんじゃ無いかってスピードで追い越し車線を走り抜けていった。
 それも、必死に出してる物ではない速度だってのは、素人の俺にも何となく判った。
「佳津子ちゃん、頑張ってるわねー」
 中でも一際速い、オレンジと黒の精悍な奴に乗った女の子に抜かれた時に、先輩がそんな事を呟いていたのが、若干印象に残った。
「みんな凄いスピードですね」
「でも無いわよ、虎ちゃん所の面子なら単独でも30km/hなら割と普通の巡航速度だから」
「……30km/hって」
「平地とか無風とか、条件が良ければだけど、男子でプロなら40km/hは出さないと……って世界だしね」
 原付もびっくりだな……。
 そりゃ、あの連中が被っていた様なトゲトゲしたヘルメットが必要な訳だ。
「先輩も出せるんですか?」
「まぁ、それなりの機材に乗ればね」
 別に大した事でもない、というような先輩の言葉を聞くと、俺、結構速いんじゃ無いか?って好い気になって走っていた自分が恥ずかしい。
「尤も、街中を走る場合は止まらず最短距離を駆け抜けるかの方が重要だし……特にこの街のメッセンジャーだと速度の要らない仕事だって幾らでも有ったりするから、時速何キロで走れるってのは、売りの一つにしかならないわね」
「そうなんですか?」
「うん、結局は頭をどう使うかなんだけど……その辺はまたお店でね」
 そんなやり取りをちょっとしながら走ること30分。
「はい、到着」
 昔は、何かの店舗兼住宅だったと思しき二階建ての建物の前で、まりな先輩が停車した。
 ショーウィンドウだっただろう窓に、野良屋と手作り感満載の文字が躍る。
 尤も、書いた人のセンスが良いのか、貧乏ったらしく見えないのが救いではあった。
「此処ですか」
「おんぼろでしょ、でも大丈夫よ、経営は今のところ建物ほどは傾いてないから」
 さらっと酷い事を言いながら、まりな先輩は両開きの入り口の鍵を開けて、自転車さら中に入っていった。
 入り口で躊躇っている様子の俺を見て、先輩は中から招き猫みたいに手をパタパタと振って寄越す。
「自転車も中に入れちゃって〜、全台室内管理になるから」
 屋根付きとは良い待遇だ……まぁ、商売道具だしな。
「お邪魔します」
 入り口でそう言いながら頭を下げた俺に、先輩が苦笑する。
「何言ってるの、君もここの社員だよ」
「はぁ、ですが初ですし……何となく」
 判る気はするけどねー……なんて言いながら、先輩は愛車を壁際のハンガーみたいな所に引掛けた。
「君のはこっち」
 さらに先輩は手際よく俺の愛車も奪い去って、それを隣のハンガーに引掛ける……俺のは先輩のと違って、スタンド付いてるんだけどなぁ。