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東奔西走メッセンジャーズ 第一話

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「家で栽培してる物なんですよ〜、ハーブに興味があるなら、マスターが凄い詳しいので、聞いてみると良いですよ」
 マスターって、ああ夕那さんって人か。
 それほどお近づきになる機会があるとも思えないけど……。
「マスターといえば、まりなさんとは親しいの?」
「なんでも、昔は同じチームだったそうですよ」
 ……チーム?
 あの人が、昔はやんちゃだったとか。
 ちょっとヤンキー座りをしてるまりなさんとか想像すると、微笑ましくて笑えるものがある。
「お二人とも、結構凄腕で鳴らしたみたいですよ」
 凄腕ですか。
 ちょっと怖くなってきた。
 何かの勘違いであってくれれば良いんだけど。


 その時、カウンターの方で清算を求める声が聞こえてきた。
「あ、いっけない、それじゃ沢谷さん、ごゆっくりなさって下さいね〜」
 パタパタと駆けていく水月ちゃんの後姿を見送っていると、キッチンの中からまりな先輩が出てくるのが見えた。
「や、さっそく水月ちゃん口説いてた?女の私から見ても可愛いもんねー」
 にまりと笑う様が、何となく悪戯好きの化け猫を思わせる。
「そんなに手が早そうに見えます?」
「そうねぇ、1年間も近くに居たのに、瑠璃ちゃん口説いてない時点で、あんまりそっち方面に見込みは無いかな」
 確かに綺麗な人ではあるが、あんな怖い人口説けるか……。
「もうちょっと、身の丈にあった恋愛をしたいと思ってますので」
「恋愛には背伸びも大事よ〜」
 俺の向かいに腰掛け、おしぼりで手を拭きながら、香りを楽しむように目を細めているまりな先輩に、俺は今日ずっと疑問に思っていた事を質問することにした
「氷川教授といえば……まりなさんは教授とはどういうお知り合いなんですか?」
 その質問をされるのは予想していたのだろうか、彼女は表情を変える事も無く、お冷で喉を湿してから口を開いた。
「瑠璃ちゃん?そうねぇ、色々あるけど喫茶店仲間、猫仲間、自転車レース仲間……って所かな、その辺は夕那ちゃんと一緒だけど」
 ああ、一緒のチームってレーシングチームね。
 考えてみりゃ、当然か……それにしても。
「レース?教授が?」
「流石に走る方じゃなくてスタッフとしてだけどね」
「ああ、流石にそうですよね……」
 そこまで完璧な人じゃ無くて良かった。
 俺の様子をどう見たのか、なにやら面白がっているような表情で、先輩は言葉を継いだ。
「瑠璃ちゃんは素材やフレーム設計に関して協力してくれてたのよ……後、小ロットから受けてくれるカーボンの良い窯も紹介してくれたっけ」
 あの人の専攻ってロボット工学だったよな、まぁ、他にも物理学や素材関連分野に関しても凄い権威らしいけど。
 確かに、金型やらカーボン焼結の窯を持ってる工場なんかには、物凄い顔が利くのは、俺も知ってる……というか、何度か教授のお供や使いで足を運んだし。
 今思えば、あの辺の工場のおっちゃん達には、ウチの教授、受けが良かったな。
 俺の表情から何となく理解した様を読み取ったのか、先輩は話を続けた。
「とはいえ、教授としてじゃないわよ、あくまで個人として喫茶店仲間だった私たちに、プライベートな時間使って協力してくれただけ……だから私や夕那ちゃんにとってみれば、彼女の『氷川教授』って顔は殆ど知らなくて、どうしても『瑠璃ちゃん』なのよね」
「へぇぇぇ」
 意外なつながりに驚いたのもあるが、正直に言わせて貰うと、あの教授に友人が二人も居たなんて方への驚きの方が強かったりする。
「それにしても、レースってフレームからオリジナルで作る物なんですか?」
「ううん、ウチはたまたまそっち系のベンチャー企業と合同の企画でレース参加してた事情があるから、かなり特殊な話しよ……普通はブランドやパーツメーカーの看板背負ってやる物ね」
「ですよね」
 浪漫の無い話ではあるが、大体において、大きな企業ってのには、中小や個人とは比較にならない知識や資金が集まり、それに伴って人材が揃い、それがレース結果に反映されていく物だ。
「ただまぁ、残念ながらウチのチームはメインのスポンサー企業が撤退しちゃってね、女子ロードレースなんて、あんまりメジャーじゃない競技にお金出してくれる企業も見つからなかったんで、私も夕那ちゃんもそこで引退よ」
 サバサバした表情ではあったが、若干残念そうな響きを感じたのは、俺の気のせいだろうか。
 それにしても……。
「先輩って、プロレーサーだったって事ですか?」
「一応……ね」
 先輩は苦笑気味に肩を竦めただけだったが、何となくその続きを聞くのが躊躇われる雰囲気を僅かながら感じた。
 若干の沈黙。


「お待たせしました、日替わりランチをお持ちしました」
 その沈黙が居心地の悪いものになる前に、入店時にキッチンから響いてきた綺麗な声と、良い匂いが、それを断ち切ってくれた。
 何やらパイみたいな奴が乗ったお皿が、俺と先輩の前に置かれる。
「お、今日はキッシュランチだね、当たり当たり」
「まりなは、これ好きよね」
「そうよー、だからさー、定番メニューにしてよぉ」
「そうしたいのは山々だけど、掛かる時間の割りに数を出せないのよ、1週間に一度が精一杯」
「うー、夕那ちゃんのぶしょーもん」
「そういうならまりなが作ったら?教えてあげるからさ」
「私が作ったって夕那ちゃんみたいには出来ないってば」
 仲の良さそうな二人の声に導かれるみたいに、俺はもう一方の声の主に目を向けた。
 淡い色のふんわりした髪の毛を後ろでゆるく纏めた、色白の穏やかそうな美人が俺の視線に気が付いて会釈する。
 この人がまりな先輩と一緒に一線のレーサーやってた人なのか……。
 正直、イメージが湧かない。
「初めまして、店主の未梨夕那と申します、まりなから聞きましたが、氷川さんの生徒さんなんですって?」
「一年、みっちりイジメて貰いました」
「ふふ、氷川さんが苛めてたって事は、見所があるという事ですよ」
 俺の軽口に、夕那さんは上品に笑って返しながら、なにやら美味しそうなスープを置いた。
「お、菜の花だね」
「季節の物は美味しくて、彩りも綺麗ですから」
 穏やかな夕那さんの笑顔に、水月ちゃんが言ってた言葉が重なる。
(マスターはハーブに詳しいんですよ)
 多分、この人ハーブとかだけじゃなく自然全般が好きで、だからこそ詳しいんだろうな。
 そうこうしている内に、水月ちゃんも来て、ランチセットがテーブルに並んでいく。
 それぞれは女性向けっぽい量ではあったが、品数が結構有るので、食べ応えはそれなりにありそうだ。
「ランチは以上ですけど、食後にデザートが付きます、所でお茶はいつお持ちします?」
「私は〜」
「まりなは食後でしょ、沢谷さんは?」
「あ、俺も食後に」
 と言ってから玄米茶をオーダーしてしまった事を思い出したが……ま、良いか。
「それではごゆっくり」
「のんびりしてって下さいね〜」
 美人の店長と美少女の店員さんが空になったお盆を手にカウンター内に戻る。
「……先輩」
「なぁに?」
「良いお店紹介してくれてありがとうございます」
「そういう台詞は、目の前のご飯食べてから言おうね」