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東奔西走メッセンジャーズ 第一話

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 フレームに付いていたボトルを口にしてから、先輩は言葉を継いだ。
「夏場はみんな用心してるけど、実は春や秋も脱水症状の危険は付き纏うの……注意してね」
「そうします……」
 そう言った時の彼女の真剣な表情には、俺のいつもの軽口を封じる何かがあった。
「さて、それじゃ鍵掛けて……って、そういえば、君、鍵は……」
「無い無いづくしで申し訳ないと思ってます」
 一応買い物リストには入れて有ったんだけど、それなりに安全そうな太い奴は意外に高価かったので、ちょっと見送っていたんだけど……やっぱり要るか。
「……野良屋でオーナーに会ってもらったら、後でショップ行こうか?」
「良い店有ったら、紹介して下さい」
「そうねぇ……やっぱり馬籠商会かなぁ」
 何とかサイクルとかじゃなくて、妙に古めかしい名前だな。
 下町の頑固親父が経営する自転車屋の風情が脳裏に浮かぶ。
「その辺りはお任せします」
「ん、任された」
 とはいえ、当面の問題はこっちよね、と言いながら、先輩が自分の短めのワイヤーロックと2台の自転車を見て若干困ったような表情で腕組みする。
 明らかに、電柱と2台の自転車を結わえるには長さが足りない。
「あの先輩、俺のは自分で見てますから、用事を……」
「あー、まりなさんが彼氏連れてる〜〜」
 俺の言葉が、妙にのんびりした感じの声に遮られた。
「あら、水月ちゃんこんにちは、そんな風に見えちゃった?」
 先輩、至って落ち着いた様子で声の主に向き直る。
 もう少し慌てふためいてくれると嬉しかったんだが……。
「いい雰囲気でしたよ〜」
「あはは、お生憎、彼は会社の新人君よ、名前は……」
 まりな先輩が振ってくれたので、俺はボブカットに赤いリボンが映える、可愛らしい高校生位の子に会釈した。
 胸に看板の羊と同じ絵柄がプリントされたエプロンをしている所を見ると、この喫茶店のバイトなのかな。
「沢谷通雄っていいます、よろしく」
「犬飼水月(いぬかい みつき)です〜、こちらこそよろしく〜」
「あっさりした自己紹介ねぇ……」
 苦笑したまりな先輩に俺と水月と名乗った少女は、ほぼ同時に向き直った。
「普通こんなものじゃありませんか?」
「そうですよ〜、それに色々聞かされても、そんなに覚えてられませんし、今は名前だけ……ですよね」
 こっちをニコニコしながら見上げてくる様子が、どこと無く人懐っこい子犬みたいで、らしくない事だが、俺も彼女に釣られてぎこちない笑みを返した。
 それにしても良いのかな、一応平日なのに学生さんがこんな所に居て。
「ま、初対面じゃそんな物か……ところでさ、水月ちゃん、お店のスタッフ用駐輪場に2台入れさせて貰えないかな?」
「まりなさんなら勿論良いですよ〜、どうせなら合鍵作りませんか?」
 彼女がエプロンのポケットから取り出した鍵束を受け取りながら、まりな先輩は肩を竦めた。
「流石にそれは遠慮するわ、でもありがとう水月ちゃん」
「いえいえ〜、所でオーダーって決まってます?良ければ先に承っちゃいますけど」
「んー、私は日替わりランチだけど……君はメニュー見る?結構色々と選べるけど」
「いや、俺も同じで良いですよ」
 知らない店では常連と同じものを頼んでおくのが、最も無難。
「はーい、日替わり二つですね、まりなさんはアッサムですよね……沢谷さんはどうされます?」
「ああ飲み物ですか……何が選べるんです?」
「はい、ランチとセットでお選び頂けるのは、紅茶がセイロンとウバとアッサム、コーヒーはアメリカンとフレンチと、その中間くらいの濃さの当店のブレンド、そして、お勧めは何と言ってもストレイシープ特選玄米茶です」
「……特選玄米茶?」
 聞き間違いじゃ無かろうかと、訝しげに聞き返す俺を、水月ちゃんは両手をぐっと握って見返した。
「はいっ!大変美味しいです!」
「じゃ……じゃぁそれを」
 一片の迷いも無い澄んだ瞳の迫力に押されて、思わずオーダーしてしまった俺に、水月ちゃんは満面の笑みを浮かべた。
「ありがとうございます!きっとご満足頂けます」
「は……はぁ」
 マスター、オーダー入ります〜。そう言いながら店内に戻っていった彼女を呆然と見送っていた俺の肩を、まりな先輩がくすくす笑いながら叩く。
「水月ちゃんに負けたわね」
「玄米茶、しかも特選とは、変わった喫茶店ですね」
「そうね、でも美味しいから安心してくれて良いわよ……じゃ、ここの駐輪場に、自転車入れさせて貰おうか」
 相変わらずくすくす笑いながら、先輩が自分の愛車を引いて歩き出すのに、慌てて俺も従う。
(……願わくば、ランチメニューは普通でありますように)


「いらっしゃいませ」
 ドアに付けられた鈴が立てる澄んだ音に負けないような、穏やかで綺麗な声が奥のキッチンの方から響いてくる。
 そして、美味しそうな匂いも。
「いらっしゃいませ、お好きな席へどうぞ〜」
 カウンターの中で、水月ちゃんがお湯を沸かしながら、こちらに笑顔を向けてくる。
 混んでも居ないが、空いても居ない、喫茶店としては丁度居心地の良い程度のお客の数。
「ちょっと夕那ちゃんに話があるから、席を取っておいてくれる?今の時間なら4人席使わせてもらって良いと思うから」
「ええ、判りました」
 横目でまりな先輩の姿を追っていると、水月ちゃんに鍵を返してから、勝手知ったる様子でキッチンに入っていった。
 こりゃ、かなりの常連だな。
 そう思いながら、俺は手近な4人席のしっかりした木の椅子に腰掛けて一息ついた。
 結構広めの店内を上手く使い、テーブルの間を広く取りつつ、間に観葉植物等を挟んで上手いことプライベート感と開放感を調和させている。
 居心地良いなぁ……大学時代にこういう店でレポート書きたかった。
 しかも店員さんが可愛い、後は料理が及第点なら行きつけの店に加えて置きたい所だ。
「お冷とお絞りお持ちしましたけど……暖かいお茶のほうが良いですか?」
「いや、水で良いけど……言えばお茶出してくれるの?」
「はいっ、ノーマルですが玄米茶をご用意しております、冬場は大変好評ですし、夏場もアイスで提供しております」
 得意満面の顔。
 もしかして……いや、もしかしなくても。
「水月ちゃん、玄米茶好きなの?」
「玄米茶が嫌いな人なんて居ません!」
 間髪の入る余地すらない即答だった……しかも力強い。
 まぁ、確かにあれがどうしても飲めないとか、嫌いという人には確かにお目に掛かった事は無い……無いけどさ。
「そうだね、美味しいもんね……」
 どことなく、俺の返答が空ろな感じになったのは、致し方ないと思う。
「はい、宜しければご利用ください」
 お代わりはセルフになってるんですよ。と言いながら水月ちゃんが指差す先に水差しとポットが置かれているのを確認してから、俺はお絞りを手にした。
 何か、ハーブのさっぱりした匂いがしてくる。
「いい匂いだね……疲れが取れる感じがする」
「カモミールですよ、お茶にしても良いんです」
「へぇ」
 ハーブだの何だには興味が無かったから、カモミールと言われてもピンとは来ないが、この匂いは何か好きになれそうな感じがする。