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東奔西走メッセンジャーズ 第一話

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 あの軽快な姿を見た後だと、いかにももっさりした感じになるのは否めない。
「じゃ、行くよ〜」
 ふわっと、本当に風みたいに彼女の青い自転車が走り出す。
「了解っす」
 その風に乗ろうとする木の葉みたいに、俺の緑の自転車もその後に続くべく漕ぎ出した。
 
 あ……。

 体に当たる空気が気持ち良い。
 そして、踏み込む度にそれに応えて加速する車体。
 徐々に上がっていく速度に、妙な高揚感を覚える。
 何だこれ……。
 ママチャリでは感じた事が無い感覚に、戸惑いを覚える。
 乗ってるだけで……そう、楽しい。
「どう?」
 のんびりとした声が前から聞こえてくる。
 気分は?自転車の調子は?初のスポーツタイプの自転車の感想は?
 まりな先輩の、何気ない一言を色んな意味が籠もった言葉のように感じてしまう。
「何か……良いですね」
 だから、素直に思ったことを口にした。
 何となく、クダクダしく説明する必要も無い気がした。
 彼女には日常で慣れちゃってるのかもしれないけど、この心地よさは、多分ずっと変わらない、自転車乗りの共通の感覚なんじゃ無いかと思えたから。
「そっか」
 ちらりと後ろを見てから、彼女はスーッと速度を落として俺の隣に並んで、柔らかい笑みを浮かべた。
「良かった、自転車が好きになってくれたみたいで」
 それだけ言って、彼女はまた速度を上げて俺の前に出た。
 しなやかに、遅滞無く動く足。
 あんな風に乗れるようになれば、また違う世界が見えるんだろうか。
「ええ」
 短く先輩に返事を返しながら、ギアを一段重くしてみる。
 足に掛かる負担が増すが、それ以上に上がった速度が、更に気分を良くしてくれる。
 こんなに、ダイレクトに変化を感じ取れるとは。
 自転車って、こんなに面白い物だったんだ。
 徒歩よりはマシな移動手段、という程度の認識だった事を今更ながら悔やむ。
 こんな風に、新しい事を新しい感慨の下で始めるなんて久しぶり、というより子供の時に戻ったみたいな気分すらする。
(成る程ね……お前さんとは確かに友達になれそうな気がするよ) 

 しばらく走っていると、先輩が右手を背中に回して掌をこちらに向けた。
 その仕草を訝しがる前に、先輩の声が前から聞こえてくる。
「これ、ハンドシグナルで、止まるって意味だから覚えておいてね」
 ああ、自転車にはブレーキランプもウィンカーも無いもんな。
 一応ブレーキランプは付けたければ存在するが、そんなマニアックな商品の事を、初心者の通雄が知る由も無い。
「そうそう、ブレーキは軽めに掛けてね、多分、想像してるより効きが良すぎるから」
 ……効きが悪いなら兎も角、その逆の警告に若干疑問を感じたが、本日の経験からして、先輩の言葉に嘘は無いだろう。
 ちょうど、信号が黄色から赤に変わる所だった。
 試しに左のブレーキをママチャリ気分で軽く引いてみる。
 その操作で、リアタイヤががっちりとロックされ、結構な速度で走っていた車体を急激に減速させる。
 ロックされたリアタイヤが僅かにすべる感触を感じた俺は、慌てて脚を着いて停車した。
 ママチャリのそれとは比較にならない程の効きの良さは、それなりの速度が出る自転車には必須なのかもしれないが、些かならず焦った。
 こりゃ、出るスピード考えると、慌てて前輪ブレーキを引いたら、前転出来るんじゃないか……
 焦った様子が顔に出ていたのか、先輩が心配そうな表情をこちらに向ける。
「大丈夫?Vブレーキって効きは良いんだけど、パニックブレーキ時なんかに危ないのよね」
 パワーモジュレーターが有るとはいえ困った物よね、などと呟いている先輩に、軽く頭を下げる。
「忠告感謝します」
「本当は走り出す前に注意すべき事なんだけど……」
「そうしなかったのは、効きを体感させたかったって事ですか?」
 すでに新人研修は始まっているって事なんだろうか。
「ううん、単に忘れてただけ」
 さらっと凄い事を言われた気がするが、悪気の無い笑顔を見ると、ツッコミを入れる気すら失せて来る。
 やはり、美人は得という事なんだろうか。
 それにしても……しっかりした印象だったが、意外と抜けた人なのかな。
 まぁ、それはそれで付き合いやすそうで良いんだけど。
「そうそう、野良屋までは後15km弱だから1時間は要らない位だと思っててね」
 ……15kmって結構な距離あるよな……それを1時間か。
 素人の俺に行けるのか?
「ただ、御免ね、ちょっと途中で寄りたい場所があるんだけど、付き合って貰えるかな?」
 俺の逡巡を読み取ってフォローしてくれたのか、それとも最初からその予定だったのか。
 さらっと発せられたまりな先輩の声からは、その辺は全く読み取れなかった。
 ただ、途中で休憩を挟めそうな様子に、俺が安堵したのは紛れも無い事実。
「どこに寄るんですか?」
「お茶の葉を分けて貰ってる喫茶店があるの」
「はぁ……」
 そっち方面にはさほど拘りも興味もない俺は生返事を返して、信号を見上げた。
 そろそろ青に変わるか。
「喫茶店までは4km程度だけど……」
 そう言って彼女も前を向いた。
「そういえば、結構お腹空いたよね〜。今何時だっけ?」
 なんてのんきな事を呟く先輩に苦笑しながら、腕時計にちらっと目をやる。
「1時ですね、確かに俺も空腹かも」
「ちょうど良いや、夕那ちゃんのお店でお昼食べてく?」
 ゆなちゃんのお店……ってのは、立ち寄る喫茶店の事かな。
 喫茶店のランチよりは、定食屋辺りでがっつり食べたい気分ではあったが、美人のお誘いとなれば、その辺は全てぶっちぎる価値はある。
 それにしても、お誘いを受けて嬉しくない訳が無いが、ここまでさらっと言われると、男としてすら認識してくれて無いんじゃ無かろうかと、逆に不安になってくる。
 だが、こんなオイシイお誘いを断る程馬鹿でもない。
「喜んでご一緒させて頂きます」
 ほぼ即答……我ながら正直な物である。
「そっか、じゃ美味しい物目指して行くよ」
「了解です」
 


 ストレイシープという、可愛らしい羊の描かれた看板を見ながら、俺はもう一度時計を見直した。
 4kmってこんなに近かったのか……
 我ながら驚いた。
 あの後信号に引っかからなかったとはいえ、20分掛からなかったとは。
「まぁまぁのペースで来たよね」
 そう言いながら振り向いた先輩が、俺の姿を見て微苦笑を浮かべる。
「暑そうだね……そのジャケット脱いだら?」
「……そうします、というか、急に汗が噴き出して来たんですけど」
 言ってる端から額に浮かんだ汗をハンカチで拭き取る。
 変だな……走行中はむしろ涼しくて快適だったのに。
「止まったからねぇ、走ってる間は汗が出てても、風で直ぐ乾いてただけだよ」
 良い有酸素運動の証なんだよ、と言ってるまりな先輩の綺麗な顔には薄汗一つ滲んでない。
 キャリアの差も有るんだろうけど、一番は服装のチョイスか。
 あの薄いパーカーで寒くないんだろうか、と思ったけど、ここまで暑くなるとは思わなかった。
 こりゃ、消費してるカロリー……結構ハンパ無いな。
「だから、自転車で走ってる間は自覚なしでも結構な量の水分が抜けてるんだよ」