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東奔西走メッセンジャーズ 第一話

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 ……と言うと、何やらご大層な近未来都市の風景のようだが、実態としては高齢者の比率が爆発的に増加してしまった事から税収不足で破綻した市を、実験目的で国が掬い上げただけなので、別段何の変哲も無い地方都市の姿がそこに有るだけの事である。
 いや、ちょっと違う……全体にすっきりとした印象を受ける。
(何でだ?)
 違和感の正体を探ろうと、俺はもう一度江都と名付けられた都市に目を向ける。
 答えは割りと直ぐに判った。
 どこか古ぼけた風情の街並みにそぐわない、舗装したての黒いアスファルトが縦横に街を切り裂いている。
 ……なるほどね、道路を広く取ってるせいか。
 僅かな物なのかも知れないが、道路が他の都市に比べて明らかに広い。
(しかし、物流の中心を自転車に依存する都市、って計画の筈なのに、何で道路の幅を広く取る必要が有るんだ?)
 自転車なんて、歩道を走りゃ良いんだから、車道なんて広く取っても大して意味ないだろうに。
 というか、やっぱり自転車での物流なんて建前で、車を主力とした物資の運搬が主になるのだろうか。
 実際、まばらではあるが、電気自動車が道路を走っている様が見える。
 自転車で物流なんて言うから、かなり昔の中国や東南アジアの映像的な物を想像していた自分としては、些か拍子抜けではあった。
(ま……それが普通だしなぁ)
 大方電気自動車を中心に使い、日常の足としての自転車を組み合わせる事で、エコを演出するだけなんだろう。
 どう考えたって、この規模の都市を維持するには、かなりの運搬力が要求される。
 それを自転車で賄おうってのが土台無理な話。
 政府の、自分たち努力してます、的なプロジェクトに付き合わされるかと思うと、些か気分が萎えるが、この仕事の条件は腰掛けとしては悪くない。
 この先の自分の進路を考えるには良い一年になるだろう。
「さて……んじゃ行きますか」

「あら、どこに行くのか判ってるの?」
意外なほど近くからの綺麗な声に、俺は慌ててそちらに顔を向けた。
動きやすそうなジーンズにTシャツの上から軽めのパーカーを羽織っただけのラフな姿の美人が、キャスケットを手にして立っていた。
 綺麗な長めの髪が俺に向ける顔の動きと共に揺れる。
 落ち着いては居るが、どこか悪戯っぽそうな光を宿した瞳が俺の目を見た。
「……君は?」
「まりな、猫間まりなよ。君でしょ?瑠璃ちゃんの紹介で来た人って」
「……瑠璃ちゃん?」
 誰だそりゃ。
「あれ、違うの?」
 おかしーなー、と言いながらパーカーのポケットからスマートフォンを取り出して、画面を凝視する。
 暫く彼女と画面のにらめっこが続いていたが、ややあって、彼女はずいっと俺の前にスマートフォンの画面を突き出した。
 この年頃の女性にしては、飾り気が無いな……などと一瞬思ったその画面には、紛れも無い俺の顔が表示されていた。
「これ貴方よね?」
「……世間には良く似た人間が3人は居るらしいですが」
 その俺の言葉に僅かに不安そうな表情を浮かべて、まりなと名乗った女性は俺の顔を見直した。
「人違いって事?」
「いや、多分俺です……沢谷通雄っていいますが、合ってます?」
 安堵した様子で彼女は頷いた。
「その名前で聞いてるわ……瑠璃ちゃんの紹介よね?」
「いや、だからその瑠璃ちゃんって人が思い当たらないんですが……」
 瑠璃ちゃん……瑠璃……るり。
「あ゛……」
 しまった、氷川教授の名前、そういや瑠璃だった。
「思い当たった?」
 にまっと笑って、彼女は俺の顔を覗き込んだ。
「あんまりにもイメージとかけ離れた呼び方を使わないで下さい……氷川教授なら、そうと言ってくれれば」
 見事に引掛けられた気分で、若干恨めしげな視線をまりなさんに向ける。
「んー、私にしてみると『氷川教授』なんて言われた方が別人みたいなのよねー、そんなに怖い先生なの?」
「怖いというか、本人が完璧すぎるんで周りを萎縮させちゃう先生ですね」
「あはは、それなら判る気がするけど」
 穏やかに笑う顔が優しい。
 ……なるほど、当然だが氷川教授にもいろんな顔が有るって事なんだろうな。
 この人の知ってる氷川教授ってどんな顔してるんだろ……屈託無く笑ったりするのかな。
 想像しようとして……余りにそっち方面の表情データが不足している事に気付いて、俺は匙を投げた。
「さて、じゃ案内するから付いて来てね」
 そう言いながら、器用に髪を纏め、それを押し込むようにキャスケットを被って、まりなさんが歩き出す。
 肩にかかる自転車の重みを若干うっとおしく感じながら、俺はその後を付いて歩き出した。
「という事は、貴女が教授の言っていた、会社の先輩さん?」
 その言葉に、くるっと振り返って、まりなさんは日向の猫みたいな笑顔を向けた。
「そうよ、メッセンジャー業務請負の有限会社『野良屋』で、現在唯一の実働社員、猫間まりな、よろしくね通雄君」
(……教授、いい職場を紹介してくれて感謝します)
 この地に降り立った時と正反対の事を考えている都合の良さに我ながら呆れつつ、俺は一年間世話になる予定の人に軽く頭を下げた。
「よろしくお願いします、まりな先輩」


第一章 江都



 まりな先輩の後に付いてちょっと歩いた所に、妙に立派な建物が有った。
「ちょっと待っててね」
 そう言って中に入っていく彼女の手には、鍵が握られていた。
「……車かな」
 駅の前に屋根付きの駐車場とは中々良い設備だ……そんな事を思いながら入り口に目を向ける。
 江都中央駅東口駐輪場。
 ん?駐輪場……って駐車場じゃ無いのか。
 興味をそそられて、入り口から中を覗き込んで、俺は息を呑んだ。
「こりゃ、壮観だ」
 駐車場かと思ったほどに広い建物だが、中に停められていたのは、全て自転車だった。
 専用のホルダーにロックシステムで前輪とフレームを固定してある。
 まだ、ガランとした様子なのは、この街が本格的には稼動していない為だろう。
 もし、このスペースが全部埋まる事を想定して人員を集めているのだとしたら……案外自転車で大半の物流は賄えるんじゃあるまいか、と思う光景であった。
「驚いた?公営駐輪場としては、国内最大規模かつ、最高のセキュリティを誇る設備……らしいわよ」
 自転車を引きながら、まりな先輩がこちらに歩み寄ってくる。
「ついでに、電車から降ろした荷物をココで積んで行く為のステーションも併設されているから、君もそのうちお世話になるかな」
「ははぁ……」
 曖昧な返事を返しながら、俺は、彼女の引いてきた自転車に目を向けた。
 何となく俺みたいな素人が競技用自転車と言って思い浮かべる感じの、細身のフレームの自転車だった。
 白いサドルは……あれは革なのかな、前ににゅっと突き出したハンドルがちょっと異彩を放っている。
 全体を青と白でコーディネートされた、綺麗な自転車だった。
「ん、何か珍しいかな?サーリーのロングホールトラッカーを105で組んだお散歩用なんだけど」
 当たり前のように発せられた彼女の言葉の半分も理解できない。
「お散歩用って……自転車何台も持ってるんですか?」
 俺の言葉に、今度は彼女が目を丸くした。