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東奔西走メッセンジャーズ 第一話

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「他の大手っていうと、そうねぇ、高齢者の支援を中心に手広くやってるのがエンジェルリングかな、後ろの荷台をかなり大きく取れるような特殊な自転車を多数揃えて、大量の品物を運ぶ方に特化したり、ベロタクシーを使って、移動をサポートしたりと、都市部の高齢者中心に色々サービスを展開してるわね」
 ……そんな事にまで自転車を使うのか。
 正直、そこまで自転車に拘るのって病的な気がした俺は、ちょっとその事を口にしてみた。
「都市計画の主眼が自転車の利用だとしても、その分野だけでもバスを使うとか出来ないんですかね?」
「公共交通機関との兼ね合いって奴ね、一応その辺の落とし所を探る意味もある実験都市だから、ゆくゆくは導入されるかもしれないわ……ただね」
 そう苦笑しながら先輩が言葉を継ぐ。
「ただ、ベロタクシーでノンビリ走りながら風景楽しんだり運転者と話をしたりしてるとね、精神のケアの効果も高いって話も有るらしいのよ、その効果が医療費の削減や消費行動の増進に繋がってるって統計も一応あるの……去年一年のデータでしかないけどね。だから、その辺りの効果も、どう評価するかってのも絡んでくるから、中々面倒ではありそうよね」
「以上、忍ちゃんの受け売り?」
 オーナーがニヤリと笑うのに、先輩は僅かに口を尖らせた。
「……オーナーのいけず」
「何故拗ねる……専門外の業務にまで日々アンテナを高くしている社員を持てて、オーナーとしては嬉しい限りだよ、うんうん」
「そーはきこえませんでしたー」
 なんか、この二人良い関係の親子みたいだ……恋人とかそういう関係には全く見えないのが不思議で仕方ないけど。
「まぁ、それはさておきだね、自転車で処理するのはあくまで日常業務であって、心配しなくても緊急車両系はちゃんと用意されてるよ」
「大八車に放水機載せて……って所まで江戸を模倣してないから安心して、車が普段通ってないから、出動も早いって評判良いのよ」
 ……流石にその辺は現実と折り合いつけてるんだな。
「後、この街で有名な会社って言ったら大黒屋さんだね、ベロタクシーでの観光をメインにやってるけど、輪行を利用して、かなりの広範囲をカバーできるスキルがあるメッセンジャーを何人か抱えてるから、ちょっと距離が有るような場合の依頼は、あそこで殆ど持ってってるんじゃないかな」
「……そこまで色んな業種に大手が居ると、大変じゃありませんか?」
 ウチみたいな小さい所は、とまで言うのは流石に気が引けたが。
「ふふ」
 近寄ってきた野良の背中を撫でながら、まりな先輩が悪戯っぽく笑う。
「ま、その辺の会社のスキマで商売してるのがウチってわけよ、野良猫だけに……ね」
「にゃ」
 
 吐く息が白い、冬のキーンとした張り詰めたような冷え込みでこそ無いが、寧ろ底冷えするようなじわじわした寒気が足元から這い上がってくる。
 夜の9時、だらだらと続く事も無く、食べ物の終了と共に宴会は終わり、オーナーが此処から2km先だという自宅に、良いご機嫌で帰って行く姿を、俺とまりな先輩とふてぶてしい毛玉は見送っていた。
「オーナーは、自転車に乗らないんですか」
「ん?普段からバリバリ使ってるわよ、そもそも野良屋の起こりは『ねこまんま』で作ったお惣菜の宅配がメインだったんだから」
 至極自然な流れの誕生秘話だった。
「あれ、それじゃ何で乗って帰らないんです?」
「日本全国どこでも、酔払い自転車運転はご法度だけどね、この街だと格別厳しく取り締まられるわよ」
「……マジですか」
「そうね、ついでに言うと一発でメッセンジャーライセンス取り消しになるわよ」
 メッセンジャーライセンスというのは、メッセンジャーの営業許可みたいな物なんだが、逆に言うとこれをなくすという事は、この街での仕事もタダの家も失うって話と同義になる。
 ちなみに言うと、俺にはまだ仮ライセンスである。
 正式な物は研修終了後に検定試験を通った時点で、初めて交付されるそうだ。
 一応、車の一種免許持ちは、学科は免除してくれるそうではあるが、今から気が重い話しではあったりする。
「呑んだら乗るな……ですね」
「そういう事」
 それにしても、この時間ならまだまだ明かりが煌々としているのが普通の環境で育ってきた俺には、異様に映るほど、この街の夜は深くて暗かった。
 それだけに、街路の明かりを、妙に頼もしく感じる。
「こう暗いと、治安上問題ありませんかね?」
「んー、この辺は一応ビジネス街に属する場所だから夜は格別暗いのよ、人通りも絶えるしね。逆に住宅街や駅周辺の飲み屋街に行けば、それなりに明るいわよ」
「あ、やっぱりそうなんですか」
「そりゃね、人間そうそう生活サイクルを変えられる物じゃ無いし、個人レベルで多少夜更かしして電気使ったって、企業が一晩中動いてるのに比べれば微々たる物だしね」
「ご尤もで……うー寒い」
 寒そうにジャケットの前を合わせる俺を見ながら、先輩はくすくす笑った。
 本日何度か見たけど、嫌味の無い、良い笑顔だな……。
「この辺って春でもこの有様だから、暖房も無い部屋じゃ危ないって判ってくれた?」
「身に沁みて良く判りました」
 寒いの苦手なんだよなぁ……。
「まぁ、悪いことばかりじゃ無いわよ、ほら」
 そう言いながら、先輩は上を見上げた。
 つられて見上げた俺の目に、信じられない程の星の瞬きが目に映った。
「……」
 声も無く立ち尽くす俺の姿をちらりと横目で見てから、先輩は空に目を戻した。
 こういう時、寒気というのは不快ではなく、寧ろ感覚を研ぎ澄まし、星空の世界に意識を遊ばせる良い伴侶になってくれる。
 子供の時、星座の元になったギリシア神話に夢中になり、必死で星空を追った記憶が蘇る。
 だけど、幼い頃見上げた空に有ったのは、見るも無残な星座の残骸だけだった。
 だが、今自分が見ているのは、星座が生まれた時には及ばないのだろうけど、それに迫るかと思われるほどの、星空のキャンバス。
 これらを繋ぎ合わせれば幼い日に夢見た、神々や化け物の姿を星空に再現してくれそうな程の、圧倒的な煌き。
 春ならまだ見えるよな……そう思って南の空に転じた目に映った物。
「オリオンの棍棒と盾……それに足まで見える」
 無数と思える程の大小の星明りを前にして、俺は呆然と呟いた。
 幼い日に図鑑で見ただけの星の配列が、不思議にありありと蘇った。
 何でだろう、夜空なんて眺める価値も無い、そう思ってから、ずっと忘れていたのに。
「……え?」
 俺の呟きが微かに聞こえたのか、先輩が怪訝そうな声を上げる。
「星座です……ガキの頃、東京で見上げた俺には、頭と肩とベルトしか見えなかった男の全身を、今初めて見ました」
「そうなんだ」
 先輩はそれ以上何も言わなかったし、それが俺には、何故か無性に嬉しかった。
「ええ」
 それだけ答えて、また降るようなという形容がぴったり来る星空を見上げて、星を追う。
 なんだろう、この感覚は。
 ガキの頃の自分に、ふっと出会ってしまったような。それとも、引越しで荷物を片付けている時に、昔無くした宝物を見つけてしまった時のような。