東奔西走メッセンジャーズ 第一話
そう、ハプニングは決して悪いことばかりじゃない。
それは、それまでの自分が知らなかった世界や、未知の領域に目を開かせてくれる事でもある。
俺は、そんな何かが起きる事を期待して、氷川教授の申し出を受けて、この未完成の街に来た。
そんな街で過ごす初日の、とても象徴的な物にそのシュラフは見えた。
何か起きそうな、いや、自分で起こせそうな……妙な予感。
「……そっか」
その俺の言葉をどう聞いてくれたのか、オーナーと先輩は顔を見合わせて穏やかに笑ってくれた。
「ええ、だから面白い場所有ったら教えてください」
大学の四年間は面白かったし、色々な知識を培うことも出来た。
多分、そのままの流れでどっかの企業に潜り込めたら、それはそれで生きて行けたとは思う。
そうしていれば、安定して生きていけるだろう道を全部放擲して……俺は此処に来た。
学べば学ぶ程に募ってきていた疑問に、何か答えを出せるかと思って。
「ミハラ高原とか良いと思いません、オーナー」
「行き着けば最高の場所だけど、途中に10度越えの坂が二箇所有る所に新人君連れて行く気?」
「んー、押せば良いかなーって」
「とりあえずナガミネ山で良いんじゃ無いかな、確か貸しコテージが上に有ったし」
「あー、確かバーベキュー出切る所もありましたよね。あそこは良いですよね、泊まれるからビールも呑めるし」
「……また僕が食材運ぶのかい?」
「いよっ、オーナー男前」
「とほほ……」
なにやら話をしている二人の声が、なんだか心地良い。
「よーし、先ずは野良屋のお花見計画あたりから行きましょうか」
「有名所は結構有るけど、今年は穴場を狙いたいよね」
「そうですねー」
もうちょっとだけ、今晩の宴は続くようだ。
傍らにのそのそと寄ってきた野良に、本日の楽しさのお裾分けというように、まぐろの赤身を少しだけ分けてやる。
「お前もよろしくな……先輩」
「にゃふ」
あれから暫く、先輩とオーナーの、次回の宴会会場選定は盛り上がりを見せ、その際に、随分とこの辺の名所や旧跡、花見が出来そうな場所やらの話が聞けた。
全てを覚えているのは無理だろうけど、こうして聞いておけば、何かの拍子に思い出すこともある。
「意外にこの辺って名所旧跡系の観光スポット多いんだよ、天守閣は残って無いけど、櫓とか門は残ってるし、市内に散見できるお堀とかも、好きな人には良いんじゃないかな。街にも城下町だった風情が残ってるから、気が向いたら見て回ると良いよ」
「運河を使った、里山方面に下っていくツアーとかも企画されてるらしいって、優香ちゃんが言ってましたねー、オーナー何か聞いてます?」
「確か、里山方面の温泉業組合と大黒屋さんが共同で誘致してるって話だね」
「カラテモンキーもそこに一枚噛もうとしてるみたいですよ、MTBで巡る秘湯の旅とか言って」
「あー、そういえば結構山の方に源泉が有ったよね、確かにMTBで一走りして温泉に飛び込めるとか、良いかも知れないねぇ」
大黒屋にカラテモンキー、なんだろ、そこもメッセンジャー屋なのかな。
「一走りして温泉は確かに良いですねー、今度夕那ちゃん誘って入りに行ってこようかな」
先輩と夕那さんが二人でひなびた温泉に。
良いねぇ、露天風呂とか絵になりそうだ。
「その間の野良君の面倒くらいは見て上げるよ」
「あはは、お願いしますねー」
「うなー」
さほど文句がなさそうなのは、『ねこまんま』の厄介になっていれば旨い飯にありつけるというメリットがある為だろうか……。
そういえば、ベロタクシーで観光案内なんて仕事もアリだってさらっと昼間に言ってたな……この街での俺の仕事は自転車での物流なんて教授は言ってたけど、確かに人を運ぶのだって物流の一環。
まりな先輩みたいな人がほぼ専属で付いて、のんびりと自転車で流しながら観光名所を案内してくれるなら、バスや車で名所と名所を点で繋ぐような観光とは、また違う楽しみ方が出来る気がする。
他に無い、のんびりした時間そのものが観光資源になる、それに、車が少ないから空気も綺麗だし。
それにしても……。
「この近くに、里山もあるんですか?」
「ああ、江都市は自前で消費する分のかなりの程度の農作物を近郊で賄える様になってるんだよ、だから、かなり山に接した部分まで農村地帯になってるね」
「で、出来た作物をこっちに運ぶ為に運河を整備したんだけど、さらにそれを利用して川下り的な観光に利用できないか、って動きも、今出てきてるってわけ、実際景色も良いからねー」
「そうなんですか、実際に観光地化される前に見に行きたいですね」
そう言った俺の顔に、オーナーと先輩は面白がっているような視線を向けた。
「なんなら仕事で行ってみたらどうだい?」
「……仕事、ですか?」
いまいち、その状況を想像できずにいる俺を苦笑気味に見ていた先輩がグラスを置いてから、例のベロタクシー他の共用自転車達を置いてある部屋のほうを指差した。
「あのマウンテンバイクはね、里山方面への配達時に使う為に有るのよ」
「あ……それで」
「そういう事、お届け物が有れば、嫌でも行かないとね」
「……実際、依頼って有るんですか?」
「私が受けた依頼としては、鹿肉2kgを市内のレストランに大至急とか、キノコと山菜を物産センターに運ぶとか、そんなのが大半だったわねー」
「……成る程」
そりゃ大変だ……しかし、鹿肉とか食べられるのか。
正直、その辺の肉は小説の登場人物やらが食べる物的なイメージがあったけど、食べられるなら、是非一度賞味したい所だ。
「夕那ちゃんの所でも、たまに雉肉とか、キノコを仕入れて出してくれるわよ、雉ってチキンより数段美味しいのよねぇ……」
雉も食べるんだ。
中々ワイルドな環境が身近にあるんだな……。
「割とこの辺、ジビエ料理を出すレストランもあるし、牡丹鍋だす料理屋もあるから、意外と定期的にこなせる仕事になるんだけど、その辺も大手が一括して受けちゃってるのよね……私が受けたりするのは、その辺の手が足りなくなった場合のピンチヒッター的な場合だけなの」
「ウチはまりなちゃんの腕が良いから、結構広いエリアをカバー出来るけど、他のメッセンジャー会社だと、得意なテリトリーの中でシェアを固める店が多いんだよ」
「得意なテリトリーですか?」
興味を引かれた俺の様子を見て取ったのか、まりな先輩がオーナーの言葉の後を継ぐ。
「各店のカラーと言い換えても良いわね、代表的な所だと、江都市内の軽便で大きなシェアを持ってるのが、ロードレーサー中心のタイガーメッセンジャー、此処に来る途中で見かけたレーサーに乗ってた連中は、大概あそこの社員よ」
「あー、あの連中ですか」
なるほどね、タイガーメッセンジャーだから、先輩が虎ちゃんの所って言ってたのか。
「逆に、里山方面で一番シェアを持ってるのが、カラテモンキー、こっちはクロスカントリー系を中心に活動する乗り手を揃えてて、あの辺のエリアの大半をカバーしてるわね」
さっきも思ったが空手猿って……どういう屋号だ。
作品名:東奔西走メッセンジャーズ 第一話 作家名:野良