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東奔西走メッセンジャーズ 第一話

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「ほい、お品書き、明日用に仕込んであるやつを流用するだけだから、そこに有る奴なら大概出来るよ……ただ、一品に付き一セット以内の量にしておいてよ、春巻きだけ20本とか言われると再度仕込まなきゃいけないし」
「ちっ」
「おうい、なんだよ、その舌打ちは」
「あたしがここの春巻き好きなのをよーく知ってて、先に釘をさすオーナーが憎いのです」
「ただ飯奢って憎まれたら立つ瀬が無いよ……全く」
 ……なんか良いな、このゆるい雰囲気。
 夜は寝て、昼働く都市。
 車のペースじゃなくて、自転車のスピードとリズムが動かす街か。
 それも良いのかもしれない。
 あくせく24時間働いてまで、人は何を為さなければならないのか。
 何を為そうとしているのか。
 それがまだ見えていなかった俺には……丁度良いのかもしれない。
「おーい、新人君、君は残り物だけで良いの〜」
「ぼーっとしてると、まりなちゃんの分だけでオーダー締切っちゃうよ」
「マスター、鳥とカシューナッツ炒め追加」
「呑む気満々のラインナップだね……」
「とーぜんです」
「あー、待ってください、俺も頼みます」


 閉店してシャッターを下ろした野良屋の店内に、色々なおかずが並ぶ。
「なんか、オーナーに申し訳無いですね」
「新人歓迎会の代わりだと思えば良いんじゃないの?」
「なー」
 白身魚のフライに鼻を近づける野良を、いささか手荒く先輩が押しのける。
「あんたはカリカリ、あと水」
「に゛ーーー」
「おまえさんねぇ、あんまり塩気の多い物を食べてると早死にするよ」
「……にゃす」
 先輩の言葉に納得したのか、単に諦めたのか、野良が自分のエサ皿にしおしおと向かう。
「はい、これが最後だよ、後、まりなちゃん御所望のお酒も持ってきたけど……通雄君はお酒好きかな?」
「ええ、呑めますよ」
 いきなり断るのも申し訳ないと思って、そう返答したが、酒はさほど好きではない。
 二人とも呑兵衛みたいだしなぁ。
 グラスを並べていた先輩が、そんな俺を横目で見てくすくす笑った。
「あんまり好きじゃないって顔ね、無理しなくていいわよ〜」
 あっさりばれた……俺って、ポーカーフェイスじゃ無いにしても、そんなに内心は顔に出ないはずなんだが。
 返答に窮する俺に、オーナーも笑いかける。
「あはは、呑むのが好きな人間はね、そういう顔で『呑めます』とは言わない物だよ」
「そーいう事、私たちの取り分が増えるし、呑まないのは一向に構わないわよ〜」
「酒の席に一人は素面が居ると助かるからね、大歓迎だよ」
「……ありがとうございます」
 このソフィスティケートされた二人の言動を見てると、氷川教授の友人ってのが何となく判る。
「さて、じゃ新人君の歓迎会がてらの夕食会を始めましょうか、オーナー、何か一言あります?」
「うん?いや、特に無いけど」
 そう良いながら、オーナーはグラスを手にした。
「折角来たんだ、楽しむと良いよ、今日この日も、不自由なここでの生活も」
「そうね、なれると不便も楽しいわよ、それに自転車も好きになってくれたみたいだし」
「そりゃ何よりだ……じゃ乾杯」
「乾杯〜」
 そんな二人に、俺は麦茶の入ったグラスを掲げた。
 教授、面白い所を紹介してくれて感謝します。
「乾杯……これから、よろしくお願いします」
 確かに契約期間は一年なんだけど、一年お願いしますって、期限を自分から切るのは躊躇われた。
「よろしく」
「ええ、こっちこそよろしくね」
「にゃー」

 オーナーが、実はまりな先輩が居たレーシングチームの栄養士だったとか、レース中に起きた色々なハプニングの話、それに、夕那さんがああ見えて凄いレーサーだったとか、そんな話でひとしきり座が盛り上がった後に訪れた居心地の良い沈黙。
 最前までの会話の余韻を楽しむような、無理に話をしなくても場が保つような……そんな穏やかな時間。
 オーナーとまりな先輩のお酒は、俺の知ってる大学の飲み会みたいな騒ぐ為の物じゃなくて、静かに会話と会話の間を繋ぐ為に呑むような、そんな呑み方。
 こんな呑み方が出来るなら、酒も良い物かもしれない……なんて少し思う。
 次は、俺も一杯貰おうかな。まりな先輩の話だと、夕那さんとかも含めて、呑む機会は結構あるみたいだし……。
 そんな事を思いながら、俺はソファに深く腰掛けて先輩の自転車を見上げた。
 俺もこんな感じの自転車に乗る事になるのかな……それとも昼間に見せて貰ったベロタクシーとかマウンテンバイクとかを使うようになるんだろうか。
「そういえば……さ」
 向かいに座ってるオーナーが、氷の入ったグラスにウィスキーを注ぎながら、視線を部屋の隅に向けた。
 その先には俺の買ってきたシュラフが置いてある。
「なんでまた、慌ててシュラフなんか買いに行ったんだい?」
「あー……それですか」
「実はねオーナー、通雄君ったら部屋にまだ荷物入れてないんですって、だから寝具も暖房も何も無いって言うんですよ、これがまた」
 結構、グラスを明けてる筈なのに、顔色一つ変わっていない先輩がふらりと立ち上がって、あっはっはと笑いながらシュラフをぽんぽんと叩いた。
 この辺の行動見てると、酔ってはいるんだろうな……多分。
「この街じゃ宿泊施設も満員御礼状態だし、まして、うら若い乙女の家を兼ねるここに泊まって貰う訳にも行かないじゃないですか」
「まぁ……ねぇ」
 敢えて何処にもツッコミを入れなかったオーナーはやっぱり大人だ。
「それで、せめてシュラフでも有れば、何とか凌げるだろうって話になって、先輩に馬籠さんのお店を紹介して貰ったって訳です」
 そんな俺と先輩の言葉を暫く無言で聞いていたオーナーが、手にしたグラスの中身を一口啜ってから、なんともいえない視線を俺たち二人に向けた。
「話は判ったけどさ、それなら僕の家に泊まれば良かったんじゃ無いかな?」
 一瞬の静寂。
 宇宙開発においてアメリカは技術の粋を集めて無重力対応のボールペンを作り、一方のロシアは鉛筆を使ったと聞かされた時の感覚に、それは近かったかもしれない。
「……おお」
「いや、先輩おおじゃないでしょ」
 確かにいきなりオーナーの家に転がり込むって選択肢は自分にも無かったけどさ。
「とはいえ、僕の部屋に来るのじゃ気詰まりだって気持ちも判るし……どうかな、『ねこまんま』の2階が泊まれるようになってるから、そっちに行ったら」
「あれ、あそこ物置じゃなかったんですか?」
「ちょっと仮眠室が欲しかったから片付けたんだよ……人の肩身が狭いのは相変わらずだけど」
 どうだい?というような顔をオーナーが向けてくれる。
「ご厚意に甘えます」
 ……なんか、シュラフが可哀想な事になったかな。
「ごめんねー、無駄な出費させちゃって……」
「いえ、元々俺が無計画だっただけですから」
 すまなそうな先輩の表情に、俺はあながち嘘でもない笑顔を向けた。
「それに……」
「それに?」
「使えば良いんですよ。ちょっとした場所にハイキングに行っても良いし、自室でキャンプごっこやっても良い……今まで俺がやった事が無い事を始める契機になれば、こいつを買った意味は十分有るはずですから」