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東奔西走メッセンジャーズ 第一話

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 瑠璃という名の人に紹介された空と水の綺麗な街に来て、青い自転車が似合う先輩に会った日を覚えて置く記念には丁度良い気がする。
「はい、ありがとうございます、色はこのアクアブルーで宜しいですか」
「ええ、この色下さい」
「畏まりました、それでは商品をご用意致しますので、レジでお待ちください」
 そう言って、彼女は在庫が置いてあるのだろう、バックヤードに歩いて行った。
「ラーメンは良いの?」
 ちょいちょいと携帯コンロとコッヘルを指差しながら、先輩が意地悪そうに囁く。
「楽しみは後に取っておくクチでして」
「楽しめる時に楽しんで置かないと、後で後悔するかもよー」
「にゃー」
「ま、そん時はそん時です」
 猫又二匹の誘惑を振り切るように、俺は人的資源が乏しい財布を取り出してレジに向かった。
 商品はこちらになりますが、袋などは。いや、結構です。などという定番のやり取の後、3,980円にて、このシュラフは目出度く俺の物となり、二人と一匹の珍妙な客は表に出た。
「……へぇ」
 丁度山の端に太陽が姿を隠そうとする時間、濃いオレンジと黒と臙脂の色が空と山を彩っていた。
「閉店間際に押しかけちゃって御免ね〜」
 見送りに出て来てくれた紫乃ちゃんの顔にも、温かい光が微妙な陰影を投げかける。
 僅かにまぶしそうに目を細めて、彼女は柔らかい笑みを浮かべた。
「……とんでもないです、まりなさんにはいつもご贔屓にして頂いて」
「この街で一番腕が確かな店員が二人も居るショップを贔屓にすんのは当たり前だって。ところでさ、明日、彼の相棒をちょっと診てやって欲しいんだけど……時間ある?」
「あの……父は1ヶ月先まで予約ぎっしりですので……申し訳ありません」
「紫乃ちゃんは?」
「私で宜しければ……学校から帰ってになりますので、16:00以降でお願いしたいですけど」
「勿論紫乃ちゃんでOKよ、じゃ、夕方4時から予約入れて貰って良い?」
「はい、お待ちしてます」



 帰路という程の距離も無い、野良屋までの道を二人と一匹はのんびりと歩いていた。
 急激に涼しくなってきた風が、夜の訪れの前触れのように吹き抜けていく中、家路を急ぐ自転車達もライトを光らせて、その風に追い立てられるように街路を駆け抜ける。
「一時はどうなる事かと思いましたよ」
 ビジネスホテル一泊分以下の額で寝る場所は確保できたし、先ずは目出度い。
「とりあえず私もほっとしたわ」
「お蔭様で、凍死せずに済みそうです……こういう時毛皮の無い身は辛いですね」
「にゅっふ」
 妙に得意そうに野良の尻尾がピンと立つ。
 こ、小憎らしい。
「逆に夏は良く日陰でへたばってるけどねー、毛皮のせいじゃなくて太りすぎのせいかな?」
「に゛ゃふー」
「まぁまぁ、貫禄あって良いじゃないのよ、いよっ、野良オーナー」
 不満そうなメタボ猫を、なだめるように抱き上げた先輩の細い指が喉の辺りをくすぐる。
 ごろごろごろ。
 美人におだてられると機嫌を直す辺りは可愛げがあるというべきか……。
「とはいえ、痩せないと糖尿病が怖いですね」
「……な゛ー」
「その心算で、オーナーも私も餌は制限してるし、他所で餌を貰ってる形跡も無いんだけど、何故かこの有様なのよね。去年ウチに転がり込んで来てからこっち、ずっとこの体型なのが謎で仕方ないわ……ほれ、寛いでないで少しは歩く」
 先輩の手から渋々と下りて、のそのそと歩きだした徳利のような図体に視線を落とす。
 幻の珍獣ツチヌコ……。
 最前から見ていても思ったが、まことに何と言うか猫離れした生き物ではある。
「実は着ぐるみで、中に変な生き物が入ってたりして」
「お風呂に入れてやってる身から言わせて貰うと、その可能性は無さそうね、宇宙の超テクノロジー着ぐるみ使ってるなら話は別だけど」
 ……羨ましい奴め。
「ところでさ、屋根も暖房も毛皮もある生き物の心配は後回しにして……紫乃ちゃんも言ってたけど、シュラフだけで板の間に直接じゃ体が痛いでしょうから、私の毛布も持って行ったら?下に敷けば多少クッションになると思うし」
「その位は我慢できるかなーと思ったんですが、そういう事でしたら、お言葉に甘えます」
 確かに板の間に直接シュラフじゃ、紫乃ちゃんの説明が無くても、辛い物がある位の事は容易に想像がつく。
「確か君の住む事になってるアパートって、此処から歩いても10分位の所よね?」
「ええ……確かその位ですね」
「もう暗くなってきたし、野良屋に寄って、自転車用のLEDライト持って行くと良いわ、わき道なんかにはまだ街灯の整備が行届いてない事が結構あるし」
「何から何まですみません」
「良いの良いの……あ、オーナー、お店何か有りました?」
 話しながらだと早いものだ……先輩は俺から視線を転じると『ねこまんま』の店先に居たオーナーに声を掛けた。
「いいや、何も、流石にこの時間じゃ飛び込みのお客も居ないよ」
「そうですか〜、どうもありがとうございました」
「いやいや……あ、お会計ですか、ありがとうございます」
 会社帰りと思しきスーツ姿の青年が、おにぎり2つと何か青物と煮物とコロッケをトレーに乗せて、清算を求めていた。
「はい、お会計420円が、タイムサービスで370円になりますね……毎度あり」
「相変わらず、兵(ツワモノ)共が夢の跡ね」
 嘆息するような先輩の声に導かれるように、ねこまんまの店内に目を転じる。
「……ご繁盛で」
 確かに安いしなぁ……これで美味いなら、この繁盛ぶりは頷ける。
 只で夕飯に一品二品足すのは、ちょっと厳しいらしいな。
 何か青物が2つ程と、おにぎり一個、煮魚1つ、それしか残って居なかった。
「ウチのオーナー、昔から商売っ気が無いからねぇ」
「商売が下手なだけだよ、あれしか残ってないけど持って行くかい?」
「今日は後輩君に譲ります、要らないと言ってくれるなら、全部頂きますけど」
「だ、そうだけど?」
 入り口に掛かっていた札を準備中にひっくり返しながら、オーナーが俺に顔を向ける。
「ありがたく全部頂戴します」
 俺の言葉に、まりな先輩の目が恨みがましい物に変わる。
「あしたからいじめちゃろ……ねー野良」
「なーごーう」
「ちょっとっ、くれるって言ったじゃないですか」
 しゃがみ込んで、同居のデブ猫となにやら不穏な会話を始めた先輩に慌てて抗議する。
「空気くらい読もうね、新米社会人」
「読みますけど、基本無視するのが流儀でして」
「出世しないよー」
「端から諦めてますから」
「たかがお惣菜で、先輩に目を付けられると日々大変よ」
「食い物の争奪戦こそ命の本質、それを放棄した先輩の負けです」
「クイモノノウラミハラサデオクベキカ」
「うなー」
 後ろでそんな俺たちのやり取りを聞いていたオーナーが失笑する。
「やれやれ欠食児童どもめ……300円程度の物で初日から仲違いされちゃ敵わないし、ウチで何か食べていきなさい」
「何食べさせてくれるんです?」
「うにゃ」
 あっさりと立ち直ったまりな先輩と、お供のメタボ。