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東奔西走メッセンジャーズ 第一話

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「紫乃ちゃーん、忙しい時にごめんね、ちょっと良い?」
「……まりな……さん?」
  バックヤードから細い声が聞こえてから、黒髪を後ろで纏めた華奢な少女が姿を現した。
 ……この街はどうなってんだろ。
 募集要項に、イケメンと美人に限るって項目は無かった筈だ……というか、有ったら俺、ここには居られないだろうしなー。
「どうされました」
 小さく聞き取りにくい声。
「やー、ちょっとシュラフが急に必要になっちゃって」
 まりなさんの言葉に、紫乃ちゃんと呼ばれた少女が小首を傾げる。
「あ、私じゃないわよ、こっち」
 ちょいちょいと手招きされたので、俺は店内に並ぶ渋い銀色のパーツに向けていた目を先輩と紫乃ちゃんの方に向けた。
「あ、どうも」
 その俺の姿を見た紫乃ちゃんが、先輩の影にすすっと隠れる。
「あ……の?」
 俺が近寄る気配を感じてなのか、彼女は更に手近をほっつき歩いていた野良を盾にするようにして抱え上げた。
「にゃーご」
 防御力高そうだな……特に脂肪の分。
 それにしても、いい気になって喉なんぞ鳴らしやがって……俺に対する態度とはエライ違いだ。
 もしかして女性専用装備なんだろうか。
「あはは、大丈夫よ紫乃ちゃん、この人はウチの新人君、常連になる予定らしいからよろしくね」
「えーと、沢谷通雄っていいます、よろしく」
「あ……の……馬籠紫乃(まごめ しの)……です」
 それだけ言って俯いてしまう。
 えーと、後どうすれば良いんでしょうか、俺は。
「紫乃ちゃん内気だもんね〜」
 それで接客やって大丈夫か……おい。
 苦笑した先輩が、紫乃という少女の肩を軽く叩く。
「閉店間際に駆け込んでごめんね、実はこれこれしかじかでねー、安くて暖かいシュラフを欲しいのよ」
 いや、だから先輩……自転車屋にシュラフオーダーしてどうする。
 俺の懸念を他所に、先輩の話を聞いていた紫乃という少女は、何度か頷くと、先輩と共に店の奥に向かった。
「ほれ、君も来る」
「はぁ……」
 何だろ、シュラフ、本当に有るのかな……
「おねーさんを信じなさいって……ほれ」
「うわぉ……」
 二人に着いて行った先には、自転車屋さんとは異質の空間が広がっていた。
 少人数用の簡単に畳めるタイプのテント、カンテラ、コッヘル、ボンベ、バックパック、燃料、携行食……そしてお目当てのシュラフ各種。
 でも、アウトドア用品店とはまたちょっと違うな。
 そう、個人限定のキャンプ用品店と言うのが適切な感じの品揃え。
「……これって?」
「ふふ、馬籠商会はね、元来はフルオーダーのフレームビルドから受け付けるツーリング車の専門店で、ついでにツーリング便利装備も一式揃うってコンセプトのお店だったの、まぁ2代続いて日本を5周、世界を2周位してる店長だから、扱ってる物の信頼性も高い、マニア御用達の店なのよ。ああ、今は他の自転車も扱ってるから心配しなくても良いわよ」
「……えっと、そうなんです」
 ちょっと固いが、柔和な微笑みを浮かべて、紫乃ちゃんが青いシュラフを手にする。
「室内でのご利用で、使用頻度は高くないというお話ですので、こちらなど如何でしょう?冬山等の過酷な環境には対応出来ませんが、これは軽量で首の当たる部分がちょっとした枕みたいになっていますので、寝心地が良いと評判です、折り畳んだ際にコンパクトに纏まりますので、夏のちょっとしたキャンプや勤務先での仮眠等の用途にお勧めです……ただ、絶対的な厚みというのはありませんので、下に何か敷いた方が良いです」
 どうぞ、触ってみて下さい。そう言いながら紫乃ちゃんは俺にシュラフを差し出してくれた。
 接客になると、普通に対応できるんだな……ちょっと喋りが固く感じるけど。
「軽い……」
 羽みたいってのがぴったり来る軽さ、触った感じもサラッとしてて中々良い。
「この爽涼感が逆に気になる方もいらっしゃるみたいですが、断熱効果と発汗性が良いので、実際に使うと非常に快適です」
「へー」
「ほー……って、先輩も感心してどうしたんです」
「いや、シュラフ欲しいとか思った事無かったからさ、そんな凄い事になっていたとは知らなかったのよ、あたしも買おうかなー」
「どこで使うんですか」
「自宅、キャンプ気分楽しくない?」
「いや、すげー判りますけど」
 オトコノコ的には良く判るけど、女の人でこういうの楽しむ人、あんまり見た事無いな。
「でしょ、ついでにコッヘルとボンベ買っていって、インスタントラーメンでも作ろうかな〜。君も買ったら?きっと美味しいし暖まるよ」
「……ごくり」
 この人、つくづく男の子の喜ぶツボを心得てる。
 ……買うか。
 い、いやしかし、現金の手持ちが。
「なーに躊躇ってるの、どーんと買っちゃいなさい、どーんと、江都っ子なら宵越しのお金なんて持とうとしちゃ駄目よ」
「ひ、人のフトコロだと思って好き放題言わないで下さいっ!」
 
 くすっ。
 
 本当に微かな、空気が少し揺れる程度の物だったけど……確かに。
「仲、宜しいんですね」
 紫乃ちゃんが微笑みながらこちらを見ていた。
「そぉ?」
「そうですか?」
 顔を見合わせる先輩と俺を見て、紫乃ちゃんは再度穏やかな笑みを浮かべた。
「ええ、とっても」
 紫乃ちゃんの言葉に、二人して再度顔を見合わせる。
「……まぁ、割と最初から馴染んでたわよね」
「あんまり初対面って感じは無かったですね……確かに」
 俺たちの会話を聞いていた紫乃ちゃんが、目を丸くした。
「あの……失礼ですが、お二人って」
「今日が初対面よ」
「えーと、大体出会って8時間って所ですかね……っていうか、すみません、そろそろ閉店ですよね」
 ふと時計に目を向けた俺は、その針がすでに6時を指しているのに気が付いて、若干焦った。
 買うつもりだから多少の時間超過は勘弁して欲しいが、流石に先輩と漫才している暇は無い。
「い、いえ、折角お越し頂いたのですから、ゆっくり合う物を選んで下さい」
 そこで紫乃ちゃんは店内に視線を泳がせた。
「必ず沢谷さんと感覚が合う道具が居る筈ですから……」
「感覚が合う道具?」
 そう問い返した俺に、紫乃ちゃんは真摯な視線を返した。
「はい、きっと沢谷さんと波長の合う道具が居る筈ですから……焦らないでゆっくり探して下さい」
 そう言ってくれるのは嬉しいけど……流石にさっさと買って帰らないと悪いよな。
 紫乃ちゃんの親父さんなのかな……50台位に見える男性が一人で店の前に出してあった自転車を店内に仕舞っているのが見える。
「波長の合う……道具」
 そう言われると、何となく困るな……
 最初に見せて貰った、あの青いシュラフが良いなって思ってたんだけど。
 言われて店内を見渡すと、色々よさそうなシュラフが目に入ってくる。
 これより小さく畳める奴、柄が面白い奴、暖かそうな奴。
 そんな俺の様子を見ていた先輩が、足元をのたのた歩き回っていたメタボ猫を抱き上げながらにまりと笑った。
「要はさ、君がピンと来た奴を買えば良いのよ」
 ……そっか。
 なんか、その一言で吹っ切れた。
「これ下さい」
 最初に紹介して貰った、青が綺麗なシュラフを紫乃ちゃんに示す。