東奔西走メッセンジャーズ 第一話
「ええ、しかも規模が大きい分、各エリアに人を常駐させて、駅伝みたいに荷物を送る体制を構築してたりするから、あの辺のシェアに、ウチみたいな小規模店が食い込むのは難しいでしょうね〜」
「ははぁ……ここにも大企業化の波ですか」
皮肉っぽい俺の声に、先輩が若いわねぇと言いたげな苦笑を浮かべる。
「仕方ないわよ、カバーするエリアが狭ければ、そのエリアの人脈とか土地勘が養いやすいし、ひいては一人前に育てるのも楽だから」
「……まぁ、確かに」
現実って奴を考えればそうなのかもしれないけど……なんか面白くないな。
「メッセンジャーってね、凄くキツイ業種だったから、離職率が異常に高かったのよ……二年保つ人は稀って言われた位ね……だから個人のスキルに依存しない体制を構築できた所だけが生き残ってきたって現実も有るの……それだけは忘れないでね」
「そんなに?」
きついんだ、この仕事。
なんか優雅なイメージ有ったんだが。
「そうねぇ、一日最低80kmを移動して、給料安くて、自転車の維持管理費は殆どが自分持ちで、天候関係無しで」
「もーいーです……」
過酷な職場な事はよーく判りました。
そんな俺の様子に、先輩は例のにんまりとした化け猫笑いを浮かべた。
「辞める〜?今なら間に合うよ」
「いえ、キツイかどうかってのと、性に合うか合わないかは、俺にとっては別問題なんで」
まぁ、俺、割と人とズレた部分有るし。
俺の返答を聞いて、何を思ったのか、先輩の笑みが優しい物に変わる。
「ふふ、安心して。そういう離職率が高い仕事を、安定して就業し続けて貰えるような仕組みに整備しつつ、都市計画に組み込んじゃおうってのが、今回のプロジェクトの眼目……って瑠璃ちゃんが言ってたから」
「ははぁ……教授らしいっすね」
「そうね……瑠璃ちゃんが居てくれたから、今回のプロジェクトが政府主導の割に、細かい部分のツボを押えた作りになったとも言えるわね」
そこまで言って、先輩が時計に目を向けた。
「お喋りは良いんだけど……今晩の宿どうするの?」
「あ゛……」
時間は5時。
状況は時々刻々と悪くなってるんだよな。
しまった……どうすべ。
「……それなりに高級なホテルとか、里山方面の民宿なら空きがあるかもしれないわよ、探してあげようか」
それ、財布に辛いな。
「あのう……この事務室に泊めて頂けませんか?」
ソファで寝られるのは、俺の特技だし。
「あ……ゴメンね、私ここの2階に住んでるから、流石に君を泊めるのは」
チェックメイトっすか。
「えーと……私の部屋だけ鍵は掛けられるから……最悪の時は泊まっても良い……けど」
ちょっとならず心が動く申し出ではあったけど……さすがに先輩に悪いしなぁ。
「いえ、それは無しにしましょう」
いきなり新入社員の男を同宿させたなんて事になったら、あんまり外聞良くないだろうし……。
「そう?……やせ我慢は男の子の甲斐性かも知れなけど、無理しなくて良いわよ」
「いえ、俺が後先考えなかったせいだし……あははは、大丈夫ですよ、アパートの部屋の中には入れるんですから、寝るだけなら」
流石に、安らかな睡眠が保障されない現状には落ち込む。だが、先輩が気遣わしげな視線を向けるのが申し訳なくて、わざとらしく笑って見せた。
そんな俺を複雑な顔で見ていた先輩は溜息を吐いた。
「えーと、この辺は、山に近く運河も縦横に通ってるから、朝晩は結構冷えるよ……ちなみに、今朝の最低気温、摂氏-5℃」
「まいなす?」
「いえす、まいなす。それに確かタイルカーペットも無いフローリングの部屋だったよね?板の間はさらに冷え込みが厳しいと思うよ」
この時期に氷点下とか、未体験ゾーンなんですが……。
「エアコンでなんとか……」
「エアコン多分標準では付いて無いわよ、この街では車と並ぶ超贅沢品だから」
「え、エアコンも無いんですか?」
「うん、サーバールームとか常時冷やさないと駄目な空間や老健施設とか以外だと、エアコンにはすーーーーっごい税金掛かるの、電気代も結構高めの設定だしね……だから石油ストーブと扇風機必須」
昭和の風景再びだった。
「ちなみに、オーナーは自宅では火鉢愛好家よ」
油断してたら、更に時代は遡っていた。
「だからねー、暖房器具も無い部屋で布団も無しに寝たら、間違いなく風邪引くわよ」
「でしょうね……凍死したりして」
大仰な俺の言葉に、先輩が苦笑しながら、傍らの野良の背中を撫でた。
「流石に屋根の下でそれは無いでしょうけど……そうだ、この子でも連れてく?カイロ程度にはなってくれると思うけど」
「う゛なーーー!」
盛大な抗議の声が上がった。
それが寒い所に派遣される事に関してなのか、むさ苦しい男と添い寝させられる事に対してなのかは、猫語を解さない身には判然としない所ではあるが。
「あんたねえ、無駄に脂肪蓄えてるんだから、こういう時は哀れな遭難者を助ける救助猫として頑張んなさいよ」
そのまりな先輩の言葉に気を悪くしたのか、野良はふんと鼻を鳴らしてから、そっぽを向いて丸くなった。
どうやら、こいつは人語を解するらしい……
うかつな事は言えないな。
「えーと、ご厚意には感謝しますが止めときます……確かペット禁止でしたし」
「あ、そうだったわね……というか冗談はさておきどうしよう、私もそんなに寝具持ってないから、貸せても毛布くらいだし」
先輩の毛布……ちょっと良いかもと思ってしまうオトコノコのサガ。
だが、冷静に考えれば、氷点下になろうという場所を毛布一枚で過ごすのは、流石に無理がある。
何か安くて暖かい物……そうだ。
「どっかでシュラフ調達出来ませんかね?あれなら有っても困らないですし」
俺の言葉に先輩の表情が明るくなる。
「そうね、シュラフが有れば大丈夫よね」
「問題は、そんなアウトドア商品を扱ってる店が近所に……」
しかも、この街の状況を考えると、18時辺りで閉店の線は堅い。
「あんのよね、これが」
へらっと笑って先輩が軽やかに立ち上がる。
「そうと決まればちゃちゃっと行くわよ、財布持って着いて来てよ〜」
「は、はいっ!」
「にゃう……」
パーカーを軽やかに羽織って入り口に向かう先輩。慌てて立ち上がる俺と、物憂そうに身を起こす野良。
「オーナー、ちょっと出かけて来ますから、お店見てて貰って良いですかー」
向かいのオーナーの店も、商品はあらかた掃けてしまったらしくて、お客も居ない。
なにやら雑誌を片手にぼけーっとしていたオーナーが、軽く右手を上げてよこす。
「あいよ、行っといで〜」
馬籠商会という、その店はちょうど閉店準備をしている所なのか、店頭に並べてあった自転車を店内に戻す作業をしている最中らしかった。
「ここはチャリ屋さんじゃないんですか……確か俺に紹介してくれるって言っていた」
「そーよ」
「先輩……あの」
「いーからいーから」
そう言いながら、勝手知ったる様子で店内に入っていく先輩に遅れじと、俺と野良もその後に続く。
「……へぇ」
自転車屋の普通ってのが判らないから何とも言えないけど……何か不思議な感じがする。
そう……この空気感、何か別の店で感じた事が有るような。
作品名:東奔西走メッセンジャーズ 第一話 作家名:野良