紺青の縁 (こんじょうのえにし)
そこは川面からの冷気が漂い、寒々としていた。
遙か上流の山々は夜来の雪、そして洛北は雨、そのためなのだろうか川は少し増水している。
堰(せき)からは白い泡を立たせながら水が勢いよく落ちている。そんな揺れる水面近くを、時折冬鳥たちがすばしっこく飛び交って行く。
一方川べりの道では、随分と遠くの方から走って来たのだろう、ジョギングをする人が無表情ですれ違い、また追い越して行ったりする。そして南北の彼方へと消え去って行く。
そんな殺風景な冬の川べりの道、そこを喪服姿のまま、霧沢とルリは肩を並べて歩く。
「ねえあなた、やっぱり沙那は偉かったわ」
ルリが遠くへと消え行くジョガーを目で追いながら話し掛けてきた。「何が偉かったの?」と霧沢は短く聞き返す。ルリは歩く歩調に合わせて、ゆっくりと、そしてしんみりと言葉を続ける。
「ずっと以前からね、沙那は、そこそこの保険金を夫の光樹さんに掛けていてね、その受取人を息子さんの大輝さんにしてたのよ。ほんと、人生何が起こるかわからないからね」
それはあまりにも唐突な話しだった。霧沢は「それは良かったね」と一旦は答えた。しかし考えてみれば、ちょっと危うい話しだ。
「それって、もし無理心中なら、保険金は入らないよ」
「ふうん、そうなの」と、ルリが首を傾げる。
しかし、その後はっと気付いたのか、「保険金が掛かっていたのは光樹さんよ、その本人が運転していて、そして亡くなったのよ。それにいろいろな状況からして、二人は京都に戻ってくるつもりだったわ。つまり心中するような意思はなかったと判断され、警察は事故死と結論を出したのよ」と話した。
霧沢は、ルリがなぜそんな話しをやぶから棒に語り始め、またムキになっているのかがわからない。
これに対し、霧沢は「ああ、そうだね、それは自動車事故だったよなあ、じゃあ俺たちも、子供たちのために、もっと保険額を上げてみるか」と巫山戯てみた。
「そんなの無理よ、だって先立つ原資がないわよ。だってあなたはもうすぐ定年よ」と、ルリが軽く霧沢の提案を否定する。
霧沢は「それもそうだなあ」と言い、沈黙する。そしてルリも押し黙ったまま霧沢の横を歩く。
こうして二人は橋のある所までやって来た。
その時ルリが突然に、「あなた、今日のお葬式……、知ってる?」と訊いてきた。
霧沢は「知ってる?」といきなり訊かれても、知るわけがない。「何を?」と聞き返した。
霧沢の横にいたルリは一歩前へと踏み出し、くるっと振り返った。
「あなた、今日、愛莉も参列してたのよ」
霧沢はこれを聞いて驚いた。
作品名:紺青の縁 (こんじょうのえにし) 作家名:鮎風 遊