紺青の縁 (こんじょうのえにし)
二人が車で駆けた道、それは周山(しゅうざん)街道。御室(おむろ)仁和寺(にんなじ)から紅葉の名所・高山寺(こうざんじ)の前を通る。そして難所・栗尾峠を越え、さらに美山の茅葺(かやぶ)きの里の辺りを抜け、若狭小浜(おばま)へと通じる。
かって明智光秀は、信長に丹波、丹後の平定を命ぜられ、何度となくこの山間街道を通った。
そんな周山街道、ついこの間まで山々は燃えるように紅や黄に色付いていた。しかし今は枯葉散り、灰褐色にくすんでいる。その上に光樹と沙那が出掛けた日は、冬の到来か平地でも運悪く初雪が舞っていた。
高山寺を越え、一旦は山里へと下るが、その後さらに奥へと山道が続く。光樹と沙那はその道の先へと車を走らせ、待ち構える難所・栗尾峠へとエンジンを噴かせて上って行った。
するとそこは落葉後の山のくすみは消え、真っ白な銀世界が現出していた。そんな峠越えの道で、車は大きくスリップをしてしまったのだろうか、光樹が運転する車は深い谷底へと落ちて行った。そして二人は帰らぬ人となってしまったのだ。
つい二週間ほど前のことだった。学生時代から知る桜子は、熱海へと向かうこだまの車輌内で殺害された。
そして今回続け様に起こった光樹と沙那の事故は、報道によれば、〈画廊経営夫妻の周山街道・自動車落下事故〉と呼ばれている。
冬の暗い空から、煌びやかな結晶、その冷たく白い六花が舞う山で、光樹と沙那は谷底へと吸い込まれるように落ちて行ってしまった。そして、二人は息を引き取ったと言う。
これは一体どういうことなのだろうか?
まさに不幸の連鎖が起こったのだ。
霧沢とルリはこの知らせを受け、身の毛がよだった。
三十年前、キャンパスは学生運動で揺れていた。だが未来に夢を抱き、ただひたすらに生きようとしていた仲間たち。
六十歳を前にした霧沢、その前からみんな消えていってしまった。
霧沢の友人たちの中で、一体何が起こってしまったのだろうか?
結婚する前のルリは霧沢に、いつも「なぜなの?」と訊いた。そして今、霧沢は自分自身に一人呟くのだった。
「なぜなんだろう?」と。
そして、霧沢には〈画廊経営夫妻の周山街道・自動車落下事故〉に対しても一杯疑問が吹き出してくる。
なぜ二人は、突然逝ってしまったのだろうか?
それは本当に事故だったのだろうか?
ひょっとして、心中だったのではなかろうか?
しかし警察は、光樹が朝の出掛けに商談のアポイントメントを客に取り付けようと電話していたこと。また事故前に、沙那が息子に夜の七時には帰るというメールを入れていたこと。さらに遺書はなく、また雪道で判別は難しかったが、ブレーキ痕が発見されたこと。
これらの事実で、光樹のハンドル操作ミスと警察は判定し、雪の山道での自動車事故だと発表した。
作品名:紺青の縁 (こんじょうのえにし) 作家名:鮎風 遊