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紺青の縁 (こんじょうのえにし)

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「お願いって、何なの? 遠慮なく言ってみて」と軽くルリを促した。
「この六月に私達結婚するでしょ、だから……」
 ルリはなぜか最後の言葉を飲み込んでしまった。
「ああ、俺たち結婚するよ。それで?」と霧沢は聞き直した。

 ルリがいつの間にか手を霧沢の手に絡ませてきている。そこからルリの異常に緊張した気持ちが伝わる。
 霧沢は次の言葉を待っていると、ルリが気持ちを落ち着かせるためなのか、一つ大きく息を吸った。そして思い切りそれを「ふう」と吐く。
 後はまるで覚悟を決めたかのように、しかし声を震わせ、ルリが言い切った。

「私、アクちゃんの所に、……、愛莉ちゃんを連れてね……、お嫁に行きたいの」
 ルリは霧沢の手を握ったまま黙り込んでしまった。霧沢はこれがどういう意味なのかがわかる。

 霧沢は半年前の十一月半ばに洋子に呼び出され、クラブ・ブルームーンを訪ねた。その時に口惜しそうに、「私、シングルマザーなんよ。パパは愛莉を認知してやろうと約束してくれてはったのにね、嘘吐かれちゃったわ」と嘆いていた。
 それは不幸にも、誰かから何らかの抵抗があったのだろう。愛莉は父の花木宙蔵に認知してもらえなかったということなのだ。
 その結果、母の洋子の死で、愛莉は幼ない身で天涯孤独となってしまった。

 ルリが必死の覚悟で、「愛莉ちゃんを連れて、アクちゃんの所へ、お嫁に行きたいの」と懇願してきた。その意味は、結婚と同時に愛莉とは養子縁組をし、愛莉を引き取る。そして、この三人が家族になるということなのだ。
 愛莉はルリにとって、親友だった洋子の子。そして霧沢にとっても、長年の友人、宙蔵と洋子の子。多分幼い愛莉には頼る身寄りがないのだろう。
 しかし、あくまでも他人の子だ。霧沢にとって、事はそう簡単なことではなかった。

 だが霧沢は思った。これはルリが愛莉の新しい母親になるということ。そして霧沢が父親となるということだ。
 それは結婚という扉をこの三人で開け、新たな人生をみんなで築いていこうとするものなのだ。
 霧沢にはわかる、ルリがよほどの決意をしたのだと。そして、その覚悟のほどはなみなみならぬものだと。

 霧沢の八年間の空白の後、再会したルリ。青薔薇二輪の絵にA/Rとサインを入れていた。そして、霧沢もルリも東と西に向かう新幹線に乗れなかった。霧沢に、そんなことが思い浮かぶ。
 しばらく重い沈黙が続く。二、三分の時間が流れた。霧沢は真正面にルリに向き合う。そして静かに、ルリに一言だけ告げた。
「そうしよう」