紺青の縁 (こんじょうのえにし)
あれは紅葉の時節が始まった頃のことだった。
霧沢は美術室で相も変わらずブルータスの石膏像と向き合って、鉛筆で黒々とデッサンをしていた。そんな時に、風景画を描いていたルリが突然ツカツカと霧沢の前にやってきた。
「霧沢君、いつも真っ黒なのね、ちょっと美しい庭園でも見た方が良いんじゃない」
霧沢はこれにムッとし、「仕方ないんだよ、キャンバスと絵の具を買うお金がないんだから。それに庭園なんて、行く金銭的余裕がないんだよ」と居直った。するとルリは「じゃあ、今回は私が奢って上げるから、予約してきてちょうだい」と命令口調に言う。
「何を予約するんだよ、南禅寺の庭を観て、湯豆腐でも食べさせてくれるのか。俺、豆腐よりもそこの中華レストランでジンギスカンと餃子の方が好みなんだが、それだったら予約なんていらないよ」
霧沢は邪魔くさそうにぶつぶつと返した。それに対し今度はルリが反対にムッとする。
「バーカ、ほんと品がないわよね。修学院離宮の見学の予約よ、御所にある宮内庁の事務所へ行って予約を取ってきてちょうだい。京都に住んでるんでしょ、一生に一度は絶対に観ておかないとダメな庭園よ、そこへ一緒に出掛けるのよ」
霧沢はルリのこんな口上を聞いて、少し嬉しくもなった。「へえ、秋の木洩れ日の中を、二人でデートするんだ」と、霧沢はニコッと笑った。
「霧沢君、何を思い上がってるのよ、私の友達の沙那と行くのよ。霧沢君はそのボディーガード兼お世話係で、私たちに付いてきてちょうだい」
霧沢はルリにここまで言い切られると、「うん、わかったよ」と反発ができなかった。
こうして霧沢はルリの指示に従って、修学院離宮の見学の予約を取りに行った。だが人気があるのか、見学日はシーズン外れの寒い十二月末となってしまった。
そしてそんな日に、修学院離宮の門前で現地集合することとなった。霧沢はお世話係でもあるため、早めに行って二人の到着を待っていた。
一般の観光地は門前に土産店が並ぶが、ここは予約が取れた人たちだけが訪問するためか、普通の民家が建ち並ぶだけで何もない。霧沢はそこでじっと待っていると、小雪が舞い始めた。
実に寒い。霧沢はジャンパーの襟を立て、体温を保つため足踏みをして身体を動かしていた。そんな時に、ルリと沙那は話し込みながらゆっくりと坂道を上がってきた。
「霧沢君、待った? 友達の沙那よ」
ルリは着くなりすぐに沙那を紹介してくれた。
沙那はぽっこりとしたオレンジ色のダウンコートを着て、首に同系色の大きなマフラー、そして手には厚手の手袋をはめていた。完全武装でいかにも暖かそう。
そして黒縁のメガネを填め、その奥にはくりっとした瞳が輝いていた。そんなキュートな女学生だった。
三人が通り一遍の歓談をして待っていると時間となり、案内に従って揃って入口から中へと入って行った。
作品名:紺青の縁 (こんじょうのえにし) 作家名:鮎風 遊