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紺青の縁 (こんじょうのえにし)

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 修学院離宮は比叡山の麓にある面積五十四万平米の宮内庁所管の離宮で、十七世紀に後水尾(ごみずのお)天皇により造営されたとされている。
 上御茶屋(かみのおちゃや)、中御茶屋(なかのおちゃや)、下御茶屋(しものおちゃや)と呼ばれる江戸時代初期の池泉回遊式(ちせんかいゆうしき)庭園から成り、四季折々に素晴らしい景観を目にすることができる。
 その中でも紅葉の季節が絶景なのだ。
 しかし、霧沢たちは予約が取れず、そのシーズンから外れている。だが季節季節で違った味わいがある。

 見学は三十人ほどが一つのグループとなり、ガイドに引率されて離宮内を進んで行く。またその集団には前後に係員が貼り付き、個々の見学者が勝手にあらぬ方向に行かないように厳しく誘導もしてくる。
 三人の見学日は紅葉の時季は終わり、小雪が舞っていた。しかし、庭園は管理が行き届いていて、美しかった。
 特に高台にある隣雲亭(りんうんてい)からの眺め、眼下には浴龍池(よくりゅうち)、そしてその彼方に北山連峰が遠望できる。
 霧沢は「めっちゃ綺麗なあ」と、そしてルリと沙那は「わあ、美しいわ」とその絶景に声を上げた。
 しかし、ルリと沙那、この若い女学生たちはその隣雲亭からの眺めに感動し、しばし見入っただけだった。それ以外は列の最後尾にいて、小さな声でずっと喋り続けながら後を付いてくるだけだった。少なくとも霧沢にはそう見えた。

 そして見学も終わり、三人は北白川通りへと下りてきた。街路樹の欅(けやき)はすっかり落葉している。そんな裸となった木々に、さらに小雪が舞い降り、より寒い。
「どこかで、暖かいものでも食べようか?」
 霧沢はお世話係であるためか、二人を思い誘ってみた。
「霧沢君、今日はもうお役目から解放して上げるわ。沙那と四条河原町に出るから、ここでバイバイよ」
 ルリがあっさりと断った。「じゃあ、またにしようか」と霧沢が仕方なく答えると、沙那が横からきっちりと礼を述べてくる。
「霧沢さん、今日は本当にありがとうございました。お陰様で念願の修学院離宮を見学することができました、楽しかったわ」
 それを聞いていたルリは「霧沢君、御苦労さん、じゃあまたね」と沙那の言葉に付け加え、手を振ってバス停に向かってさっさと歩き出した。

 残された沙那は「霧沢さん、いつまでもルリと仲良くしてやってね」とそっと囁き、深々と頭を下げ、着けているマフラーを巻き直しながら小走りにルリを追い掛けて去っていった。
 そしてバス停に着いて、こちらを振り返り、もう一度遠くから頭を下げてきた。

 霧沢はそんな律儀な沙那を思い出した。
 その沙那の夫、光樹が花木桜子と伊豆の温泉へと今回出掛けていた。そんな内情が警察の事情聴取で、白日の下に晒されたとまではいかないが、周知の事実となってしまった。
 そして今霧沢は、学生時代キュートで礼儀正しかった沙那、そんな彼女の心情を夫から裏切られて大丈夫だろうかと慮(おもんばか)るのだった。