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紺青の縁 (こんじょうのえにし)

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 早出出勤してきた従業員が、クラブ内の壁から突き出た突起物にヒモをくくり付け、首を吊っている洋子を発見した。
 霧沢もルリも、これには呼吸(いき)が止まるかと思うほど驚き、衝撃を受けた。

 洋子は二人の縁を結んでくれた恩人。そして誰よりも二人の婚約を喜び、結婚することを祝っていてくれた。
 その洋子が開店前の午後五時頃に自ら逝ってしまったと言う。遺書にはプリントされた活字で「疲れた」と一言だけが書かれてあった。

 愛人の花木宙蔵は前年の初夏にアトリエ・マンションで事故死した。いわゆる〈花木宙蔵の密室・消化器二酸化炭素・中毒死〉だ。そして今回は〈洋子のクラブ内首吊り自殺〉。
 確かに洋子は金銭的にも苦しく、疲れていたのかも知れない。しかし洋子は、霧沢が博多への出張前にクラブを訪ねた時、「また新しいパトロンを見付けて、しぶとく生きてやるから、安心して」と言い放っていた。その意気込みは、シングルマザーではあったが、愛情を一杯注いでいる一人娘の愛莉がいるからだ。

 不幸にも愛莉の認知は宙蔵にしてもらえなかった。しかし、愛莉のために一所懸命に頑張って生きていく、洋子はそう決心していたのだ。
 霧沢はそんな洋子がなぜ自殺をしたのか、その理由がわからない。ルリも「どうしてなの? 洋子のバカ!」と叫び、霧沢に泣き崩れてきた。
 ルリにとって、洋子は苦しい時を共に過ごし、同じ釜の飯を食べ、助け合ってきたいわゆる同志なのだ。いやそれ以上に、霧沢が海外を八年間ほっつき歩いていた時に、身体を張って心身ともに支えてくれた命の恩人だとも言える。

 ルリは落ち込み、憔悴し切ってしまった。霧沢はそんなルリが心配で、アパートを毎日訪ね、誠心誠意ルリの面倒をみた。その甲斐あってか、徐々にではあるが、ルリは少しずつ元気を取り戻してきた。
 その心の支えとなったのは、やはり六月に予定していた霧沢との結婚。ルリは、洋子の喪が明ける一年、それを待とうとも提案してきた。しかし霧沢は譲らなかった。反対に、予定通り結婚することの方が洋子への供養にもなると考えていた。
 一方警察は、〈洋子のクラブ内首吊り自殺〉、当然殺人事件としての可能性も考え、知人や関係者に対しての事情聴取を行った。霧沢もルリも、洋子を殺す動機はない。そして完璧なアリバイもあった。

 その洋子が首吊り自殺をした日、霧沢とルリは自分たちの結婚式の式場やささやかな披露宴の会場を決めるため、午後から半日有休を取り、ホテル回りをしていた。
 洋子が自殺をした午後五時頃、京都御所近くにある小さなホテルで、少し値は張るが、一生の思い出となるブライダル・プランの予約手続きをしていた。
 皮肉なものだ。洋子が自殺した、あるいは殺害されたとしても、その時間帯に、二人は華やいだ気分でスタッフからの説明を受け、それに聞き入っていたのだ。ルリはこんな自分たちの振る舞いを責め、余計に落ち込んだ。しかし事実として、二人にはこんなアリバイがあったのだ。