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紺青の縁 (こんじょうのえにし)

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 しかし、地獄に落ちる前に、もう一回だけ自分たちの縁に賭けてみたい。霧沢はできるだけ大きな声で叫んだ。
「ルリ! もう一度、やり直そう!」

 霧沢はルリのもとへと思いっ切り走った。ルリはそんな声に驚いたのか、涙で濡れてしまった顔を上げた。
 自分とは正反対の方向へと去って行ったはずの霧沢。その霧沢がそこに忽然と現れて驚く。

 学生時代、ルリは美術サークルに属していた。その内に夢は膨らみ、将来画家となり、情のある絵を描くことを目標としていた。
 だが、描けば描くほど自分の才能の行き詰まりを感じたりもして、随分と落ち込んだりもした。そんな時に、いつも霧沢は間接的ではあったが励ましてくれた。そしていつの間にか、ルリにとって霧沢は守護神のようになっていた。そんなことにある時気付いたのだ。

 一生自分を守って欲しい。また、そうしてくれる人だと信じていた。しかし、霧沢は消えてしまった。
 ルリは迷った。だが、ルリは京都で霧沢の帰りを待つこととした。しかし、待つ身が時としてどうしようもなく寂しかった。それを紛らわすために、ルームメートの洋子と世間では異常と言われる情愛の世界へと陥ってしまったのだ。
 だが親友の洋子は、ルリのために単にそうしてくれていただけ。特に彼女を恨んでいるわけではない。とにかくルリは寂しかったのだ。
 いつかきっと霧沢がジャズ喫茶店に戻って来てくれると信じて待った。しかし、それは待ち過ぎてしまったのかも知れない。

 京の老舗料亭主人の花木宙蔵、その女将の桜子、そして桜子の彼氏とされている滝川光樹。
 霧沢の留守の間に、学生時代の美術サークルの友人関係がより複雑で危険なものに変化していった。
 画家を目指すルリはジャズ喫茶店でアルバイトはしているものの、金銭的に余裕がなかった。
 これは霧沢にはまだ話しはしていないが、桜子から生活援助を受けていた。そしてまた、画廊を経営している滝川光樹の妻、沙那が同じ高校の同級生でもあることから、光樹からも随分とサポートを得てきた。
 これらは言ってみれば未熟な画家のパトロンとなり、その将来に唾を付けておくということなのかも知れない。

 だがルリは自分でもわかっていた。絵の才能が秀でているわけではない。だから、その関わりはいつかは破綻する危なっかしいものだと。
 しかしズルズルと、甘い蜜の香りに誘惑されるように、より深みへと填まり込んで行ってしまったのだ。そして状況はさらに抜き差しならぬものになりつつあった。

 もし霧沢がいてくれたら、また違った生き方があったかも知れない。ルリは何回ともなくそう思った。
 だが霧沢は何年経っても戻ってはこなかった。ルリは三十路の年頃ともなり、霧沢のことはもう忘れてしまおうかと考え始めた。
 そんな時に霧沢が突然現れた。

 今までの洋子との情事を洗い流してしまいたい。桜子や光樹との金銭的に絡んだ関係も断ち切ってしまいたい。
 霧沢との再会、それはルリにとって千載一遇のチャンスだったのかも知れない。