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紺青の縁 (こんじょうのえにし)

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 いつも「なぜなの?」と訊いていたルリ。
 八年前、なぜ私の前から突然に消えてしまったの?
 なぜ私の気持ちをわかってくれなかったの?
 ルリには、多くの「なぜなの?」があったのだろう。そして最後に「バイバーイ!」と。
 それはその言葉の背後に、「なぜもっと真剣に愛してくれなかったの、それはなぜなの?」、そんな口惜しさを隠し、元気に手を振って去って行った。そうだとも霧沢は思えるのだった。

 それはまさに霧沢が手にしている絵、そこに描かれている青薔薇二輪が二人の切な過ぎる縁を嘆いているかのようでもある。
「なぜ、ルリを死ぬほど愛し、彼女のすべてを奪い取れなかったのだろうか?」
 霧沢にそんな自責の念が襲い掛かってくる。
 午後七時五三分発・東京行きひかり五〇号はもう向かいのホームからは消え去ってしまった。ホームに群をなしていた人たちもいなくなり、今は閑散としている。そんな向かいのホームを、霧沢はルリの残像を追って、虚脱感を覚えながら眺める。

「あ〜あ、俺は一体誰のために生きていこうとしていたのだろうか」
 霧沢にはどうすることもできないやるせなさ感が吹き出す。
「一人の女さえも、一途に愛し、幸せにしてやることができないのだろうか」
 霧沢はどんどんと自己嫌悪の深みへと、スパイラルに落ちていく。そして、そんな自分に無性に腹が立つ。もう自戒の念で叩きのめされそうだ。

 そんな瞬間に、霧沢は見付けるのだ。柱の陰で、茫然自失に項垂れている女性を。
 どうも肩を震わせて泣いているようだ。
 霧沢はそれが誰だかすぐにわかった。
 ルリが激しく泣いている。ルリはひかり五〇号に乗れなかったのだろう。こんな遠くからでも、ルリの大粒の涙が煌めき落ちていくのが見て取れそうだ。
 霧沢はとにかく走り出した。ルリが今柱の陰で我を忘れて、狂ったように泣いている。そんな向かいの上りのホームへと、エスカレーターを駆け上がる。

 上りのホームへ出ると、まだルリは柱に寄り掛かっている。よほど悲しいのだろう、涙が止まっていない。まるで輝く真珠を、辺り一面にばら巻き散らすかのように泣いている。そんなどうしようもない悲痛な涙が、止めどもなく落下し続けている。

 八年前から今日まで、なぜこれほどまでに、ルリに悲しい思いにさせてしまったのだろうか。そんなことに、なぜ自分は気付こうともせず、また男として守ってやろうともしなかったのだろうか。こんな優柔不断で不誠実な自分。このまま行けば、必ず地獄に落ちて行くだろう。霧沢はとにかくそう思った。