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紺青の縁 (こんじょうのえにし)

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 霧沢はこんなルリからの置き手紙を読んで、二人の行き詰まりを感じた。
 ルリは身も心も汚れてしまっていると言う。この八年間で、どう汚れてしまったと言うのだろうか。霧沢には本当の所がわからない。
 そしてルリは「これ以上、アクちゃんに迷惑を掛けられない、元の霧沢君に戻って」とまで書き、まるで自分を責めるかのように去って行った。

 霧沢はもう一度ルリの手紙を読み直した。そして、無理にこじつけたような疑念が膨らんでくるのだった。
「そうか、あの〔青い月夜の二人〕の絵、あれは宙蔵とルリを表していたのか。ルリはやっぱりこの八年間、宙蔵に抱かれてきたのか」

 ルリとジャズ喫茶店で再会した時、冗談ぽく「私、ずっとここで待っていたような気がするわ」と言っていた。さらに、「私、ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・トゥの歌が好きなのよ」とも言っていた。
 その歌詞は「君が帰りを待っていてくれたら、それは最高」で始まる。これはどちらかと言うと、戦地に出た兵士がそう願う歌。ルリは、霧沢がそういう気持ちであって欲しいと望んでいたのではなかろうか。

 しかし現実には、この八年間、霧沢はルリの目の前から消えてしまっていた。そんな長い寂しさの中で、ルリは宙蔵に慰められていたのか。
 学生時代、淡黄の月のロマンチックな夜に二人は歩いた。だけど霧沢は触れてもくれなかった。そして、何も言わずにどこかへ消えて行ってしまった。
「なぜなの?」
 ルリはそれだけを霧沢に確かめたくて、ずっと待っていたのかも知れない。

 あの若い時、抱き締めてくれていてさえすれば、八年の長い歳月を待つことはなかったはず。そして汚れることもなかった。
「なぜなの?」
 そんなルリの嘆き、それはきっと深過ぎる。結局のところは、一夜の狂った艶事(つやごと)だけでは、ルリの心の奥底に眠る嘆きの解決にはならなかったのかも知れない。霧沢は勝手な解釈で、そう思い巡らすのだった。

 しかし、よくよく考えてみれば、花木宙蔵はクラブ・ブルームーンのママ洋子のパトロンだった。一体これはどうなっているのだろうか? 霧沢には全体像が見えてこない。
 それであるならば、今は執拗にルリを追い求めず、ルリの好きなように振る舞わさせてやろう。そして、ルリが自分で言う、身も心も綺麗になるまでそっとしておいてやろう。そうすることが、まずはルリへの償(つぐな)いの果たし方ではないだろうか、霧沢はそんなことを独善的に思うのだった。