紺青の縁 (こんじょうのえにし)
「あ〜あ」
霧沢はなんとも言えない大きな溜息(ためいき)を一つ吐いた。そして、こんな複雑で鬱々(うつうつ)とした思いを払拭(ふっしょく)させるために、思い切りカーテンを開けてみる。
朝の陽光が一気に窓ガラスを通して部屋に差し込んでくる。
その瞬間、霧沢の目は衝撃的に釘付けにされてしまうのだ。
ガラスの表面に、キラキラと乱反射しているものがある。
それは、昨夜のルリとの淫靡(いんび)な秘め事の時。ルリは窓ガラスに、その細くて長い指の手の平を貼り付かせた。そして中天の青白い月を睨み付けながら、昇りつめたのだ。
その絶頂の証の紅葉の手形、それがそこにある。
その狂った愛の痕跡が今乱反射をして、美しく光り輝いている。
ルリは「そのまま残しておいて」と淡泊に乞うきた。そのせいか余計にルリの拘った意思を感じ取った。
霧沢はそれにそっと触れてみる。今でもルリのその熱い脈動が伝わってくるように感じられる。
「やっぱり消さずにおこう」
霧沢はそれを消してしまうと、ルリとのすべてを失ってしまいそうな気がした。そのためか、その愛の名残(なごり)をそのままにして、ルリを初めて抱いた部屋を出て行ったのだった。
作品名:紺青の縁 (こんじょうのえにし) 作家名:鮎風 遊