紺青の縁 (こんじょうのえにし)
「おっおー、宙さんが死んでしまったって、この間再会した時、あんなに元気にしていたのに、なぜなんだよ? リビングに置いてあった消化器を使ったのかなあ? それにしても、換気扇を回していなかったのかなあ?」
霧沢には驚きとともにいくつかの疑問が湧いてくる。
「ドアチェーンて、あの時、俺、しっかりネジを締め付けておいたよなあ。なんで簡単にドアが破れたんだろうなあ?」
霧沢はもう一つ合点がいかない。
もしこれが密室殺人事件としたら、どのようにして宙蔵は殺害されたのだろうか?
霧沢はいろいろと推理もしてみた。しかし、捜査当局がすでに事故死という結論を出してしまっていること。霧沢が今さらどうのこうのと言う筋合いのものではない。
されど八年間の空白の後、再会を祝した友人があまりにも唐突に、そしてあっけなく亡くなってしまった。
霧沢は納得がいかなかった。そのためか、一週間ほどの時間をおいて管理人を訪ねてみた。
管理人に対しての種々の事情聴取はすでに完了し、一件落着していたのだろう。それとも女将の桜子から、このマンションを手放さない、また後始末で迷惑は掛けない、そんな約束でも取り付けていたのだろうか、割にあっけらかんと霧沢の相手をしてくれた。
「霧沢はん、あの朝、奥様が助けて欲しいと呼びに来やはったんですわ、それで私も一緒にね、玄関の所へ行ったんですよ。そしたら、ドアチェーンが掛かってましてね、奥様が私の目の前で、二度ほどドアにドーンドーンと体当たりしやはったんですわ」
管理人はこんな口調で馴れ馴れしく語り、事故発見の朝の状況を話してくれる。
「へえ、奥さんがね、体当たりをね、……、そんな程度で、ドアって破れるんですかね?」
霧沢が理解に苦しんでいると、管理人は少し複雑な表情をしながら続ける。
「たまたまなんでしょうなあ、チェーンの先っぽにチョボが付いてまっしゃろ、家側にそれをはめ込む台座があって、それもろとも外れたんですよ。その後、奥様と二人で奥の部屋まで駆け込んで……、ホンマびっくりしましたで、奥様が電話でね、救急車を呼んではる間、一所懸命人工呼吸させてもらいましたがな。だけど残念なことでしたなあ」
霧沢はこんな管理人の話しを聞き、「そうですか、それは御苦労様でした」とだけ返した。しかしその後に、管理人が妙に引っ掛かる話しをしてくるのだ。
「だけど霧沢はん、奥様も私もめっちゃパニクッとりましてね。なんとか仰いましたなあ、そうそう、画廊を経営してはる滝川光樹さんと言うお方が、ホンマ運良くですわ、展覧会に出展する花木さんの絵を取りに来ゃはりましてね、それはそれはびっくりしてはりました。だけど随分と助けてもらいましたで、ホンマ滝川さんには感謝しとりまっせ」
霧沢はこの話しに目をパチクリとさせ、そして耳を疑った。
「なんで今ここで、突然に、滝川光樹が現れ出てくるんだよ」
霧沢は思わずそう叫びそうになった。と言うのも、滝川光樹は京都で有名な画廊の御曹司だった。そして、彼も学生時代、霧沢と同じ美術サークルのメンバーだったのだ。
作品名:紺青の縁 (こんじょうのえにし) 作家名:鮎風 遊