紺青の縁 (こんじょうのえにし)
だが、すでにルリを含めた友人たちは、まるで渦巻きに巻き込まれたかのように複雑に絡まり合っていた。霧沢も、あの頃予感したように、その渦巻きの中へと嵌まって行った。
そして、その後の三十年の歳月が流れる中で、不幸な四つの出来事が起こり、友人たち五人との辛くて悲しい別れがあった。
そして今、霧沢とルリのたった二人だけが残されたのだ。
滝川沙那は「過去を全部消して上げるわ」とルリに伝え、夫の光樹と共に冬山の山道から谷底へと、自らその命を絶ってしまったとも思われる。
八月十六日の今宵、霧沢とルリは五人の冥福を祈り、灯籠を流した。霧沢はこれできっちりとした気持ちの整理が付いたような気がする。
しかし、思えば悪いことばかりではなかった。
宙蔵と洋子から天使を預かり受けた。
その愛莉は、光樹と沙那の一人息子の大輝と結婚した。そして、今仲良く暮らしている。
「愛莉がお目出度だって、あなたは、おじいさん、ジージー、それともグランパ、どう呼んで欲しいの?」
二、三日前に、ルリが霧沢をからかうようにこんなことを聞いてきた。そろそろ孫の顔が見られそうだ。
また息子の遼太は、どうも宙蔵と真由美の間にできた娘、優菜にほの字のようだ。婚約の日は間近いだろう。
そして霧沢にとって一番嬉しいことがある。
それは異母ではあるが、その優菜が愛莉の妹だということだ。
いつ愛莉に打ち明けてやろうか。その時の愛莉の驚きの顔が目に浮かぶ。今から胸をワクワクとさせている。
「これからは姉妹仲良く、親たちの不幸分、幸せに生きて欲しい」
霧沢はそんなことを思いながら、ルリと並び、渡月橋の西の袂(たもと)まで戻ってきた。
「ねえ、アクちゃん、この橋を渡る前に、二つお願いがあるの」
妻のルリが突然霧沢のことをアクちゃんと呼んできた。
三十年前ルリと再会し、鴨川の淡い月光の中を歩いた。そして、ルリは「キスして」とせがんできた。
それまで霧沢は霧沢君と呼ばれていた。だがそれ以降、ルリは愛称のアクちゃんと呼ぶようになった。そして当然のことなのだが、結婚してからは「アクちゃん」は「あなた」に変わった。
還暦となり、これから老いを迎えつつある二人。それでもルリは、なぜ今ここで、突然にアクちゃんと呼び出したのかがわからない。霧沢は、それはまたいつものルリの気まぐれかとも思い、「何だよ、二つのお願いって?」と訊いてみた。
作品名:紺青の縁 (こんじょうのえにし) 作家名:鮎風 遊