紺青の縁 (こんじょうのえにし)
「それで、宙蔵さんの話しなんやけど、三十年前の六月に、宙蔵さんがマンション内で一応事故死しやはったでしょ」
霧沢は真由美のこんな物言いに小首を傾げる。
「一応ということは……、宙蔵さんは事故死じゃなかったということ?」
真由美の瞳がいつの間にか潤んできている。しかし、その涙を拭こうともせずに当時の実情をさらけ出してくる。
「あれは宙蔵さんの不幸があって、一ヶ月ほど経ってからのことやったわ。洋子さんが大事にしてはったヨット三人の絵を、買い戻したいと言うてね、龍二がクラブ・ブルームーンにやってきたんよ。それで洋子さんがイヤどすと断らはったら、法外な金額の小切手を渡してきて……、その時、龍二がポロリと漏らしたんよ、これは兄貴を天国へと追い出した、その罪滅ぼしだよってね。……、それがどういう意味なのか、随分後からになって、私気付いたの。それは洋子さんへの謝罪でもあり口止めだったのよ、ほんまアテ、アホだったわ」
霧沢はそんな真由美の話しを一つ一つ噛み締めながら聞いているが、真由美はお構いなしにどんどんと暴露する。
「それからその年が明けて、四月中旬に洋子さんが後を追うように首吊り自殺をしやはったでしょ、これも龍二の仕業よ。だってあの時、そう、私検診で病院へ行く時、五時過ぎことだったわ、四条駅で龍二に似た男を見掛けたのよ。今から思うとあれは、口止めが利かなくなってきた洋子さんの首を絞めて、逃げて行く龍二だったんよ」
霧沢はこれを聞いて、「やっぱりそうだったのか」と思い、「じゃあ、なぜ今までそれを黙ってたの?」と少し責めたことを訊いてみた。そんな質問に真由美はしばらく俯いていたが、その後霧沢を涙目で何か助けを乞うように凝視する。
「実は私も、罪を犯してしまってたの。その洋子さんが逝ってしまわはる一ヶ月ほど前の三月に、私に娘ができたの。洋子さんと同じように、私、シングルマザーになってしまってたんよ」
そこには余程の事情があったのだろう。真由美の目からポロポロと涙が零れ落ちた。
霧沢は「そうなのか」と頷きながら真由美が落ち着くのを待ってやる。そしてややあって、真由美がいきなり、「洋子さんが亡くなった年の六月に、ルリ姉さんは、愛莉ちゃんを連れて霧沢さんとこへお嫁に行かはったでしょ、私、ホント羨ましかったわ。だけど霧沢さんて、陰ながらえらいなあと思ってたの」と褒めてきた。だがこんな賞賛に、霧沢は何とも答えられない。
「そんな頃だったわ、桜子さんが龍二と結婚するようにと薦めてきたんよね。ただルリ姉さんは、桜子さんから恩を受けると身動きが利かなくなるからと、反対してくれはったんやけど……」
真由美が今度は無念そうに唇を噛み締める。そして投げやりに、「当時、私は幼い娘を抱えて路頭に迷っているような状態だったでしょ、だから、その秋に龍二と結婚してしもうたわ」と話し、涙を拭く。
霧沢はこんな真由美からの告白を受け、洋子の娘、愛莉を養子縁組で迎えることを決め、そして三人の暮らしをスタートさせた頃、その横ではこんなことが起こっていたのかと驚いた。
作品名:紺青の縁 (こんじょうのえにし) 作家名:鮎風 遊