紺青の縁 (こんじょうのえにし)
真由美は「いろいろな出来事のことを聞きとうおますやろ、だから今日は、最初から包み隠さずお話しさせてもらいますわ」と覚悟を決めているようだ。
一方霧沢は心の内を図星で言い当てられ、ただコクリとだけ頷いた。そして、後は何も答えずにビールに口を付けていると、真由美はしみじみと、「洋子ママからチーママとして、霧沢さんに紹介してもらったのが、私が二十五歳の時なんよ」と語り始める。
そして、霧沢が話しを聞いているかどうかを確認し、一拍置いて「その五年前の二十歳の頃、そやねえ、霧沢さんがルリ姉さんの前から消えてはった頃のことよ」と続ける。霧沢は、早速日本にいなかった頃の話しになったかと耳をそばだてる。
「私、田舎からぽっと出て来てね、何も知らない女の子だったんよ。そりゃあ危なっかしかったでしょうね、それを見かねはったんやろね、洋子さんとルリ姉さんが縁あって拾ってくれはったんよ。その後はまるで実の妹のように可愛がってくれはってね」
真由美には特に気負った様子はない。しかし霧沢は、それが霧沢の知らないルリと洋子の話題であり、興味が湧き、「可愛がってもらったって、どんな風に? それ、教えて欲しいなあ」とさらに説明を催促した。
すると真由美はいきなり話題をダイレクトに。
「洋子さんは、宙蔵さんの愛人になってはったしね」と。
霧沢はそれに応えて、「その様だったみたいね」とたださらりと相槌を打った。真由美はそれを聞き取り、霧沢が一応そこまでは知っているということを確認したようだ。
そしてやおら「ルリ姉さんの方は、京藍の女将さんから、絵の援助をたんと受けてはってね」と話す。
「やっぱりルリはそうだったんだ。それで身動きの取れない渦の中に落ちてしまっていたんだ」
霧沢はそう確信し、「で、真由美さんはどうしてたの?」と真由美の次の言葉を待った。
「だから私は、そのお裾分けをしてもらってたんよ。元の出所は宙蔵さんと桜子さんだったんだけど、ルリ姉さんと洋子さんから随分とおこぼれを頂いて、助けてもらったわ。それ以外にルリ姉さんのお友達の沙那さんまでもが親切にしてくれはってね」
真由美はこう打ち明け、当時のことを思い出しているのか、しばし物思いに耽っている。しかし、霧沢はここまでの真由美の話しで、一つ理解できないことがある。それをズバリ訊いてみる。
「もう亡くなっってしまった桜子さんは、少なくとも真由美さんの義理のお姉さんなんだろ。なぜお姉さんと呼ばないの?」
すると真由美が語気を強めて返してくるのだ。
「もうとっくにお姉さんじゃないのよ、だって龍二とは三年前に離婚してしまったわ。桜子さんが亡くならはる一年前よ、その時京藍とは縁が切れてしもたんよ。龍二とは辛いことが一杯あってね、随分と辛抱してきたんやけど、やっぱりこんな結末になってしもうたわ」
霧沢は、真由美から突然言い放たれた言葉、離婚に驚いたが、「そうか、真由美さんは京藍とは離縁してしまってたんだ。だけどそれも新しい門出で、一つの区切りだったんだろ」と慰めた。真由美はその言葉に対し、「おおきに、もう吹っ切れてるから、それにここの屋号もそろそろ変えるつもりなんよ」と答え、話題を次へと移していく。
作品名:紺青の縁 (こんじょうのえにし) 作家名:鮎風 遊