紺青の縁 (こんじょうのえにし)
だが事件からはもうすでに一年半の歳月が流れ去ってしまっている。霧沢は当時の新聞をもう一度読み直してみると、センセーショナルに報じられていた。
事実として、三河安城駅の次駅の豊橋駅辺りで、桜子がグリーン車の化粧ブース内もしくはその付近で殺害されたとなっている。
そしてその化粧ブース内に、西洋で安楽死に使用される塩化カリウム、その薬品の入った注射器が落ちていた。また首には、絞殺しようとした痕跡も見られた。
不確定であるが、捜査当局は犯人が桜子に塩化カリウムを静脈注射し殺害した、その確度が高いと見做(みな)していた。
このように報道はなされ、その後、通り魔の観点からも捜査は行われたようだが、今も解決していない。
一体誰がこの犯行に及んだのだろうか?
それは沙那よりも、そして誰よりも桜子に憎しみを持って生きてきた者のはず。
龍二もあり得るが、龍二と桜子は過去に犯行を共謀し、そして長年の男女の仲。したがって、霧沢は龍二を差し当たって外した。
それ以外の人物、その一人は一体誰なのだろうか?
霧沢は、今まで自分なりに推理してきた中で、〈誰か一人〉を忘れてしまっているのではないだろうか。霧沢はそんな思いに至ったのだ。
だが、何度となくその〈誰か一人〉の見当を付けてみたが、なかなか思い浮かばない。
そんな〈誰か一人〉を煎じ詰めている時に、霧沢はふと思い出した。それは随分と前のこと、霧沢は遅くまでオフィスに残って仕事をして、疲れて帰宅した。そしてルリが用意してくれた夕食を、ビールを飲みながら取っていた。
そんな時に、ルリが神妙な顔付きで、「あなた、今日ちょっとね、奇妙なことがあったのよ」と話してきた。
それは遼太の小説サークルに純一郎と言う友人がいて、その子は桜子の息子だと言う。年を数えれば、夫の宙蔵の死後に生まれた子だ。
老舗料亭を女手一つで切り盛りしてきた桜子に息子がいたのかと、その時驚いた。そして、その子の父は誰なのかがわからなった。
それを聞いた時、霧沢は光樹の顔をふと思い浮かべた。だが光樹は、単に桜子と龍二の仲のカムフラージュ役で、利用されてきただけ。現在それがわかった以上、純一郎の父は光樹ではない。その父親は宙蔵の弟の龍二でしかないのだ。
「そうだったのか、桜子はシングルマザーだが、その龍二の息子、純一郎を跡継ぎとして、一所懸命育ててきたのか」
霧沢は少し目の前の靄(もや)が晴れていくような感じを覚えた。
そして、「龍二は、桜子との間に、子供を作っていたのか」と思い、はっと気付くのだった。
桜子を最も恨み、憎悪している者を。
それは、もし龍二に……、妻がいたとしたら……。
きっと、その妻が一番桜子に憎しみを持っているだろう。
作品名:紺青の縁 (こんじょうのえにし) 作家名:鮎風 遊