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紺青の縁 (こんじょうのえにし)

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 三つ目の事件、二十八年の春秋を経て突然起こった桜子の〈老舗料亭・女将・新幹線こだま内塩化カリウム注射殺人事件〉。
 霧沢は次にそれへと思考を巡らせていく。

 この事件の真実は一体何だったのだろうか?
 桜子は京都駅午後二時〇五分発のこだま六六二号に乗り、熱海温泉へと一人向かっていた。一方沙那とルリは東京駅十二時五十六分発のこだま六五七号に乗り、京都へと帰る途にあった。事件はそんな状況下で起こった。

 東京へと向かう上り・六六二号、そして京都へと向かう下り・六五七号、それらは途中で行き違う。
 しかし、下りの乗客が上りのこだまに乗り移り、そしてその後に再び元の下りのこだまに戻る、そんなことは不可能なこと、あり得ないことだと霧沢は思っていた。
 だが霧沢の息子、遼太はミステリー小説で、そのからくりを組み立てていた。

 東京駅でこだま六五七号に乗る。そして新横浜駅で、後続ののぞみに乗り移り、名古屋駅へと行き着く。
 そこで西より入ってくる東京行きのこだま六六二号に乗り換える。
 これにより、次の三河安城駅までの一駅間だけだが、上りのこだま内にいることができる。

 その後三河安城駅で降り、そこで待てば、東京駅で乗車したこだま六五七号が入ってくるのだ。
 驚くことに、このようにして下りのこだまから上りのこだまへと乗り移り、そして元の下りのこだま車輌に戻ることは可能だったのだ。

 霧沢はひとまず次のように推理してみた。
 ルリの友人の沙那は、自分の息子の妻となる愛莉、その父母の不幸、つまり宙蔵と洋子が花木桜子によって殺害されたことに気付いていたのだろう。その上に、愛する夫の光樹は桜子に長年道具のように弄(もてあそ)ばれてきた。そんな中で、沙那は桜子への憎しみを募らせていったのではなかろうか。

 その結果、桜子を絶対に許せなかった。そしてこの上りと下りのこだまの僅かな接点の中で、桜子を抹殺し、それによってすべての歪んだ過去を消し去ってしまった。
 それでも桜子が苦しまないようにと考え、安楽死ができる塩化カリウムを静脈注射する方法を選んだ。

 しかし、霧沢はルリから聞いた。「沙那は、京都駅で別れる時に、涙ぐみながら言ったわ。私にはやっぱり人を殺めることはできなかったわ」と。
 霧沢はこれは真実だと、今は確信している。学生時代、修学院離宮を見学した後に、「霧沢さん、ルリと仲良くしてやってね」とそっと囁き、そして深くお辞儀をし、沙那は小走りに走り去っていった。そんな優しさと気遣いを持つ彼女が、たとえ恨みが募ったとしても、人を殺すなんてことはできないだろう。