紺青の縁 (こんじょうのえにし)
だが今となって、霧沢はもう一つのことを推測するのだ。
ひょっとしたら、ルリは当時、こういった事実を全部見抜いていたのだろう。いや、そこまでいかなくとも、少なくともそう疑っていたのではないだろうか。
ルリは一方で桜子から画家活動の援助を長年受けてきていた。だから自ら思うことを何も語れなかった。
そんな自分に耐え切れなくなって、ルリは自分の宿命を儚(はかな)み、「なぜなの?」と霧沢に訊いてきた。
そして、「アクちゃん、今までの宿命を忘れさせて、そして新たな宿命をちょうだい。だから、もっと思いっ切り抱いて」と言いながら、ぽかりと青白い月が東山の中天に上がった夜に、霧沢に抱かれたのだ。
あの夜、ルリは狂おしく燃えた。そして、「私は、やっぱり汚(けが)れてしまっているわ。これ以上、アクちゃんに迷惑を掛けられない」と置き手紙をしてホテルの部屋から消えて行った。
それはきっと桜子と龍二を疑っていたのだろう。そして、霧沢には巻き込まれて欲しくないということだったのだと、この時となって思えてくるのだった。
そうならば、〈洋子のクラブ内首吊り自殺〉は一体どういうことだったのだろうか?
光樹と桜子が伊豆へ旅行をし、その帰りの高速道路の途中で、洋子はクラブ内で首吊り自殺をしたことになっている。
桜子は日本平パーキングエリア近くの高速バス停留所で車から降り、そこからタクシー/新幹線/タクシーと乗り継いで、午後五時前には京都祇園のクラブに到着した。そして洋子を殺害し、首吊り自殺を偽装した。
その後は電車で名神高速の深草バスストップへと行き、そこで光樹が走らせてきた元の車へと戻り、午後六時頃に京都南インターチェンジの料金所を通過した。こうしてアリバイを作ったのだと推理してきた。
だが霧沢には二つの解けない疑問が残っていた。
一つは、桜子と光樹の二人は名古屋を過ぎ、岐阜県の養老サービスエリアに立ち寄ったことが確認されていた。これにより、桜子も光樹も新幹線に乗る時間的余裕はなく、高速道路から離れることなく京都に戻ってきたことが判明した。こうして二人のアリバイは完璧なものとなった。
二つ目の疑問は、洋子の首吊り自殺が偽装されたものだとしても、それは短時間内での犯行。女性の力では無理がある。
したがって、〈洋子のクラブ内首吊り自殺〉、それはもう少し違ったシナリオで起こった事件だったのだろう。
霧沢はそう考え直し、もう一度当時のことを調べ直してみた。すると今まで認識していなかったことがわかった。
その一つは、桜子と光樹の伊豆への旅は不倫旅行ではなかった。料亭組合の研修会が半ば慰労目的で開催されていたのだ。桜子はその研修会に参加し、光樹は桜子に誘われ、絵の販売営業のために同伴で付いて行っただけのものだった。
そしてもう一つわかったことは、龍二が同じように研修会に出席するために、一人車で伊豆に行っていたことなのだ。
だが龍二にもアリバイがあった。龍二は伊豆から京都に戻るに当たって、沼津インターチェンジから東名高速道路に乗り、車を一人で運転し、同様に午後六時頃に京都南インターチェンジを下りていた。いずれの料金所でも通過したことが確認されていた。
龍二は一人の運転であり、所要時間通りに帰って来たため、高速道路から離れることはなかったと判断されていた。このように龍二のアリバイは成立していたのだ。
作品名:紺青の縁 (こんじょうのえにし) 作家名:鮎風 遊