紺青の縁 (こんじょうのえにし)
思い返してみれば、宙蔵の四十九日が終わり、霧沢が桜子を訪ねた時に、和風の奥座敷に通された。そこには和風の部屋にはまったく不釣り合いな一枚の絵が飾られてあった。それは桜吹雪が舞う下で、男と女の情交の姿が描かれたもの。
霧沢は興味が湧き、立ち上がってそれを見に行くと、その絵の左下に画題が書き込まれてあった。
それは〔桜龍の契り〕と。
その時、霧沢は桜子に「誰が描いた絵なの?」と尋ねてみると、「光樹が描いてくれたんよ」と桜子は言っていた。
霧沢は、この段になってやっと気付くのだった。それは桜子の嘘だったと。
画題〔桜龍の契り〕、その桜は桜子の桜。そして龍は龍二の龍だったと。
その絵は、まさに龍二が桜子との二人の契りを想い浮かべ、強いタッチで描いたのだと思い至った。
桜子は古いしきたりのある旧家の娘だった。宙蔵と桜子は熱い恋愛の末に結婚したとなっていた。だが事実はそうではなかったのだろう。
霧沢が留守にしていた八年間、今となれば事実をよく知る術はないが、本当のところは京藍の次男坊の龍二と恋に落ちていたのではなかろうか。
そう言えば、ルリと再会したジャズ喫茶店に〔青い月夜の二人〕の絵が飾ってあった。それを見て、霧沢は宙蔵を思い浮かべ、「ルリさん、まだ付き合ってるの?」と尋ねてみた。するとルリは「学生時代から私は、その場その場でみんなの隠れ蓑にされてきただけなの。今もそうなんだから、わかってないわね」と噛み付いてきた。
それに対し、霧沢が「何のために隠れ蓑にされてきたの?」と聞き返すと、ルリは「私よく知らないわ。だけど世の中いつも複雑で、誰かさんと誰かさんとの親密交際なんでしょ」と、曖昧模糊に返してきた。
その「誰かさんと誰かさん」の組み合わせ、その中の一つに、宙蔵と洋子の関係以外に桜子と龍二の仲も含まれていたのだと、今霧沢は理解した。
しかし、桜子は家のしきたりに縛られ、長男の宙蔵と結婚した。そして桜子と龍二の関係は桜子の結婚後もずっと続いていたのだろう。
元々桜子は強い野望を抱き、打算が働く女学生だった。多分、将来龍二と二人で京藍を運営するために、まずは自分で乗っ取ってしまうところから始めたのだろう。
しかし、その関係や野心が世間に知られてしまえば、たちまち伝統のある老舗料亭は立ち行かなくなる。
一方光樹は桜子から多額の借金をしていた。
また桜子は商売柄いろいろな金持ちや経営者たちとも知り合っていた。そんな人脈を活用し、画商でもある光樹に、料亭を通して上客を紹介していた。
このようなことで、桜子と光樹の間には、柵(しがらみ)のある従属関係が出来上がってしまったのではなかろうか。
そして、桜子が光樹に要望した御奉仕とは、桜子と龍二の家族内不倫を隠すためのカモフラージュ役。光樹は借金の引き替えに、その立ち回りをする役割だったのだろう。
作品名:紺青の縁 (こんじょうのえにし) 作家名:鮎風 遊