紺青の縁 (こんじょうのえにし)
しかし、すべての真実を知れば、その先で何かに出逢えるのではなかろうか。霧沢はそう思えてならないのだ。
この四つの出来事の背後に眠るもの、それは一体何なのだろうか?
もしかして、すべての出来事に関わってきた誰かを……、ひょっとしたら忘れてしまっているのではなかろうか?
霧沢の脳内がそんな思考でぐるぐると回り、二、三日が過ぎていった。
そしてある時、霧沢はハッと気付くのだった。霧沢が知らないこと、それは霧沢が卒業して海外をほっつき歩いていた空白の八年間、そこにあるのだと。
しかし、その八年間以外、つまり学生時代と、そして霧沢が日本へ戻って来てからの三十年間、それらのどこかに、真実に繋がる事象があるはずだと。
そして、その何らかの片割れが、霧沢の目の前で見え隠れしたことがきっとあったのだろうと考えた。
こうして霧沢は、自分の身の回りで生じたこと、特に今まで気にも掛けていなかったことを一つ一つその記憶を辿ってみるのだった。
そして、ついにその一つのことを思い出した。
学生時代、霧沢は貧乏学生だった。そんな霧沢を、花木宙蔵は一度だけ料亭・京藍に招いてくれたことがあった。その時、宙蔵はぼそぼそと呟いた。
「宿命ってね、不思議なものなんだよなあ。弟の龍二はやる気満々だし、センスも抜群なんだけど、将来家督は引き継げず、分家の小さな店になっちまうんだよ」と。
そして、その何年か後に風の噂で聞いたことがあった。京藍の先代が若くして亡くなった。そのためまだ若かった宙蔵と桜子がその老舗料亭を引き継いだ。
そして弟の花木龍二は、不運にも次男であるがために家督を引き継ぐことができなかった。単なる京藍の分家として、先斗町(ぽんとちょう)の路地裏にある小料理店へと追い出された、と。
龍二はそれに甘んずるしかなかったようだ。こんなことを思い出し、後は芋蔓のようにいろんな記憶が蘇ってくる。
それは霧沢が四十歳の頃のことだった。ホテルで開かれた連携会社のパーティで、一度だけ龍二に会ったことがある。
宙蔵とは違い精悍で、話しもはきはきとしていて、なかなかのいい男だった。
霧沢は龍二からの自己紹介で、宙蔵の弟とその時初めて知った。そして霧沢が「京藍の女将さんは、元気?」と単に尋ねてみたら、龍二はそれまでの愛想を強ばらせ、白白しく「さあね」と吐き捨てていた。霧沢にはその時の龍二の印象が今も微かに脳裏に残っている。
その時は、もうすでに宙蔵は他界してしまっていたが、宙蔵の弟の龍二と、京藍を女手一つで切り盛りする義姉の女将、桜子とはまったくうまくいっていないのだと直感した。
しかし、今考えると、それはまるっきり正反対だったのかも知れない。
作品名:紺青の縁 (こんじょうのえにし) 作家名:鮎風 遊