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紺青の縁 (こんじょうのえにし)

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 沙那は、三十年前の洋子の首吊り自殺の時に、夫の光樹と桜子が伊豆へ旅行に出掛けていたことを知ってしまった。それから二十八年の歳月が流れ、今回は桜子と光樹は一緒に熱海へ行く予定だった。
 沙那はその二人の計画をきっと知っていたことだろう。
 さらに、光樹と桜子の関係が二十八年間途切れることもなく、ずっと続いていたことも認識していただろう。

 だが霧沢には疑問が湧いてくる。そんな夫婦の状態がもしずっと続いていたとしたら、沙那は光樹と離婚せず、仮面夫婦のままで一人息子の大輝を立派に育て上げたということなのだろうか?
 もしそうだったとしたら、息子の成長を見届けてから、悪意を一杯抱く一人の女性、いや魔物に変身したということなのだ。
 それを前提とするなら、鬼女となる沙那は、自分の人生を愛のないものにした桜子が絶対に許せない。とにかく桜子が憎いのだ。

 殺してしまいたい。
 沙那はずっとそんな思いを持って暮らし、そしてその機会をずっと狙ってきたのだろうか?
 そうであるならば、光樹のケイタイメールを盗み読みし、桜子が京都駅午後二時〇五分発のこだま六六二号で熱海温泉に一人旅をすることを知った。
 沙那は桜子の殺害をここに計画し、ついにそれに及んだのだ。

 霧沢はいずれにしても一気にここまで推理してみた。しかし、そこからが進まない。
 沙那とルリは、桜子が殺害された日の前日、東京で開かれた高校の同窓会に出席していた。そして一泊し、東京から二人で、東京駅十二時五十六分発のこだまに六五七号に乗り、京都駅へと帰ってきた。
 一方殺害された桜子は熱海に行くために、反対方向の東京に向けて走る上りのこだま車内にいた。
 こんな上りと下りの新幹線こだま号、途中ですれ違うことがあっても、決して重ならない。
 そのため、沙那にたとえ桜子に対しての強い殺意があったとしても、物理的に犯行に及ぶのは不可能。その上に、ルリはずっと沙那と一緒だったと言っていた。

 だが霧沢はなぜかしっくりこない。何かがありそうだ。
 霧沢はそんなことを思いながら、しかし答は見付けられず、月日だけが過ぎていく。少し焦りも生じてきた。
 そんな時のことだった。霧沢の息子、遼太は今は地元メーカーに勤めるサラリーマン。養女の愛莉を実の姉のように慕い、家族思いの一端の社会人となっていた。

 学生時代、小説サークルに所属していた。そして現在は社会人となり、今でも町の小説同人会に所属して執筆活動を続けている。
 その遼太のジャンルはミステリー小説。時々、賞を狙いに出版社に応募したりもしているようだ。
 そんな書きかけの原稿がリビングのテーブルの上に置かれてあった。多分遼太が加筆でもしようと思い、リビングで通読し、自分の部屋に持っていくのを忘れてしまったのだろう。

 霧沢はその原稿を留守の遼太の部屋に放り込んでおいてやろうと手に取った。しかし、今まで自分の息子の小説を読んだことがない。「遼太のヤツは、一体どんな小説を書いてるんだろうなあ?」と興味が湧き、軽く読み始めた。
 そして読み進むにつれて、霧沢は「えっ、これって?」と目を疑った。まるで狐につままれたかのように驚いた。