紺青の縁 (こんじょうのえにし)
約三十年前に起こった〈花木宙蔵の密室・消化器二酸化炭素・中毒死〉。
そして〈洋子のクラブ内首吊り自殺〉。
霧沢はこれらについて桜子が光樹の手助けを得て殺害したものだと推理した。だがその検証は、まだまだそれが真実だったとは言い切れない不完全なものだった。
完璧な推理になるための前提として、桜子が名神高速道路の養老サービスエリアに立ち寄ったというアリバイを崩さなければならない。
あるいは現在の洋子殺害の推理を根底から覆(くつがえ)す他の手段、もしそれがあるならば、それを見付け出さなければならない。
しかし、三十年も経ってしまった今ともなれば、情報もなく、なかなか核心へと入っていけない。
そしてそれ以外に、霧沢にはもう一つ引っ掛かることがあった。なぜ滝川光樹はここまで関わったのか、それが不思議だった。
男としては純で気の良いヤツだった光樹。霧沢は、光樹が愛莉の義父でもあり、自分のこの疑いが勝手な妄想に過ぎないのだと思いたかった。
だが、ここで立ち止まっていても何も見えてこない。たとえ不明瞭なものであるとしても、やはりこの三十年間の全貌が知りたい。そんな思いで、次の出来事へと思考を移していった。
それはほぼ一年半前の事件。霧沢が五十八歳の晩秋に起こった桜子の〈老舗料亭・女将・新幹線こだま内塩化カリウム注射殺人事件〉。それについての推理を始めた。
霧沢はまず、一体桜子を殺してしまいたいほど憎悪していたのは誰なのだろうか? そんなポイントから考え始めた。
しかし、それは霧沢にとって辛いものだった。なぜなら、それは霧沢の周りにいる愛する者たちも、犯人と仮定して推理を進めていかなければならなかったからだ。
その一人が娘の愛莉。実父の宙蔵が事故死した。そして実母の洋子が自殺した。
もしそうではなく、女将の桜子によって殺害されたものだと、愛莉が疑いを持ったとしたら、それは愛莉にとって、とてつもなく深い憎しみとなる。
しかし、桜子が殺された頃、愛莉にはすでに大輝という恋人がいた。この二人は将来に一杯の夢を描いていたことだろう。殺人を実行し、大輝との未来への夢を潰してしまうほど、愛莉は馬鹿な娘ではない。
霧沢はそう結論し、桜子を恨む者を他に考えてみた。
確かにもう一人いる。それは滝川沙那。
ここで霧沢は、彼女が桜子を殺害したと仮定してみた。
作品名:紺青の縁 (こんじょうのえにし) 作家名:鮎風 遊