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紺青の縁 (こんじょうのえにし)

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「桜子って、京都の老舗(しにせ)料亭、先代が亡くなって、噂では、京藍(きょうあい)の女将(おかみ)さんになったと聞いているのだけど……、そのダンナは同じサークルにいた花木宙蔵だったよな」
 霧沢は昔のことを思い出した。

 花木宙蔵はひょろっと背が高く、いつもひょうひょうとしていた。そして、そんなに悪いヤツではなかった。
 老舗料亭・京藍の長男で、一度東山の高台にある料亭に招待してくれたことがあった。その時、京会席料理なるものをご馳走になった。

 京都の街並みを林間から望みながらご相伴に預かったのだが、霧沢にはその味が初めてで、もう一つわからなかった。そして宙蔵は、それは当然だという風に冷めた目で霧沢を見ていた。
「そうだろ、アクちゃん、この味上品だろ。この味を出すには才能がいるんだよ、俺にはちょっとね。……、だけどなあ、俺は長男だから、ゆくゆくはここを継いでいかないとダメなんだよなあ。ホントは絵を描いてる方が好きなんだけど」
 宙蔵がこんなことを困り顔で話してきた。

「京藍は伝統のあるお店、宙さん、責任があるのだから、きちっと引き継いだ方が良いんじゃないか」
 霧沢は老舗料亭の仕来(しきた)りなんかさっぱりわからなかったが、とりあえずそう励ましてみた。
 それに対し、「アクちゃん、宿命ってね、不思議なものなんだよなあ。弟の龍二はやる気満々だし、料理のセンスも抜群なんだけど、将来家督が引き継げず、分家の小さな店になっちまうんだよ」と宙蔵がぼそぼそと呟いた。しかし霧沢は、宙蔵のこんな別世界の話しに「ふうん、そういうものなのかなあ」としか返せなかった。

 そして霧沢は「宙蔵のお嫁さんになる人って、将来女将さんになる人なんだろ。じゃあ美人でないとダメなんだ、それがメッチャいいじゃん」とちょっと茶化してみた。宙蔵はそんな冷やかしめいた話しにニヤッと笑い、「まあな」と一言だけ呟き、後は口ごもってしまった。

 それから一週間後にキャンパス内で噂となった。ルリが花木宙蔵と付き合っていると言うのだ。
 霧沢はこれを耳にして、どことなくショックだった。今でもその噂話が霧沢の脳裏にほろ苦く残っている。そんな記憶が霧沢の言葉の後押しをしたのか、口をついつい滑らせてしまう。
「ルリさん、まだ宙蔵と付き合ってるんだ」
 これを耳にしたルリは、明らかにムッとした表情になる。