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紺青の縁 (こんじょうのえにし)

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 死因となった二酸化炭素、その致死量は七%。
 六畳間の部屋の体積を四十立米と仮定すると、二酸化炭素の致死量は二千八百リッターに相当する。
 その気体密度が大気圧下で0.00197g/cm3であるため、それは約五.五キログラムの重量に相当する。

 報告では、二酸化炭素の発生源は消化器となっている。
 だが、家庭用消化器は小さく、一本普通二キログラム以下。
 もし消化器により二酸化炭素が放出され中毒死をしたとするならば、少なくとも三本以上は必要だろう。

 しかし現場で使われていた消化器は二本だけだった。
 これでは死に至らない。
 そうであるならば、他に二酸化炭素を発生させるものはないだろうか?
 そう、それはドライアイスがある。

 ここで霧沢は、ドライアイスから昇華したガスで、宙蔵は死に至ったと想定してみた。
 もしそうならば、どのようにして五.五キログラム以上のドライアイスがマンション内へと持ち込まれたのだろうか。
 事故後、管理人とリビングに入った時、以前にはなかった40号の油絵キャンバスが壁に十枚ほど保(も)たらかされてあった。
 霧沢がそれらを見ていた時に、管理人が横から話してくれた。
 前夜の十時頃に、光樹がそれらを届けに来たと。

 その情報から推測すると、ドライアイスはどうも油絵キャンバスの裏に貼り付けられて、光樹によって運び込まれたのだと考えられる。
 霧沢が計算をしてみると、1メートル角の一枚のキャンバスの裏スペースに、約八キロから九キログラムのドライアイスを填め込むことができる。
 この計算値からすれば、致死量に至る五.五キログラムのドライアイスは一枚のキャンバスで充分だ。

 しかし、事実管理人とリビングに立ち入った時、そこには十枚のキャンバスがあった。
 それは多分、固体のドライアイスが気体の二酸化炭素へと昇華する時間、それが計算されていたと思われる。
 なぜなら、ドライアイスが昇華して行くには時間がかかる。
 その速度は遅い。

 一キログラムのドライアイスが昇華し、ガスになるためには四時間も掛かってしまう。
 五.五キログラムの塊のドライアイスなら、完全に昇華するには一日を越える時間が必要。桜子はそこまで計算したのだろう。
 さらに桜子は、二酸化炭素が空気より重いことを考慮し、致死量より約二倍の十キログラムのドライアイスを用意した。
 そして、その四時間の昇華時間を見積もって、十キログラムのドライアイスを一キログラムずつに小分けした。
 それら一つずつを十枚のキャンバスの裏に貼り付けた。
 そして、桜子は光樹にマンション内へと持ち込ませたのだ。

 霧沢はここまで推理してきて、朧気ではあるが宙蔵の事故死が読めてきたような気もしてきた。
 そしてその帰結として、霧沢は〈花木宙蔵の密室・消化器二酸化炭素・中毒死〉を、桜子による密室殺人事件として、一つのシナリオを頭に描いてみるのだった。