紺青の縁 (こんじょうのえにし)
退職後の今、もう思考する時間はたっぷりとある。霧沢は大原三千院の里村散策から戻り、早速順を追って考え始めた。
まず、すべての不幸の発端となった花木宙蔵の事故死。
振り返れば、それはもう三十年前の出来事となってしまっていた。
そしてすでに警察では解決済み。また人たちの記憶からはもうすっかり消え去ってしまっている。
しかし霧沢は、あの事故は本当に事故だったのかと、ずっと疑いを持ち続けてきた。まず図書館を訪ね、当時の新聞記事をもう一度読み直してみる。とにかくそんなところから始めた。
その記事の内容では、花木宙蔵がマンションの密室内で事故死したと書かれてあった。
死亡推定時刻は、深夜の午前二時から三時。
死因は、花木宙蔵が寝室内で、寝煙草により起こしたボヤを消そうとし、そのために使用した二酸化炭素消化器のガスによる急性中毒死。
第一発見者は、京藍の女将の妻である桜子とマンション管理人。
桜子は朝八時にマンションを訪ね、室内からのボヤの残った異臭に気付き、管理人とともにドアチェーンが掛けられていた玄関ドアを破り室内へと入った。
そして寝室で死亡している故人を発見する。
そこには故人がボヤを消そうとした痕跡があった。
捜査当局は、この出来事は密室内で起こったこと。
また、関係者には午前二時から三時の間のアリバイが成立したこと。
これらをもって、消化器使用による二酸化炭素急性中毒の事故死と断定した。
しかし霧沢は思い出すのだ。宙蔵が事故死する十日ほど前のことだった。紫陽花の咲く三室戸寺を訪ねた時、ばったりと宙蔵に逢った。そして、その後宙蔵に誘われてマンションにお邪魔した。
その時、ドアチェーンが緩みガタついているのに霧沢は気付いた。「おーい宙さん、ここんとこ緩んでるよ。すぐに直しておいた方が良いんじゃないか」と声を掛けると、「ああそうか、そこに道具箱があるだろ、その中にドライバーがあるから。それでちょっと締めておいてくれないか」と宙蔵に頼まれた。
それですぐに下駄箱の上の道具箱からドライバーを取り出し、そのネジを思い切り締め込んだ。
それを今でもしっかりと憶えている。
作品名:紺青の縁 (こんじょうのえにし) 作家名:鮎風 遊