紺青の縁 (こんじょうのえにし)
家族として共に暮らしてきた養女の愛莉は、滝川大輝のもとへと嫁いで行ってしまった。
そして霧沢は仕事へと戻り、相変わらず多忙を窮めていた。
しかし、会社生活は残り半年を切ってしまった。立つ鳥跡を濁さず、仕事の整理にも入った。
そして年が明け、霧沢亜久斗は還暦の歳となった。それからあっと言う間に三月となり、その末日をもって、長年勤めてきた会社を定年退職した。
四月に入ってまだ一週間も経たない春風駘蕩(しゅんぷうたいとう)な春の日に、妻のルリとともに三千院と寂光院一円を散策した。
今、叡山電鉄で出町柳まで戻ってきた。そして賀茂大橋を渡っている。
霧沢はその橋の真ん中でふと立ち止まり、北山に連なる山々の風景を眺め入る。
そんな時に、横に寄り添っていたルリが「ねえ、あなた、これからどうするつもりなのよ? 絵でも一緒に描きましょうよ」と声を掛けてきた。それに対し霧沢は「絵を描く前に、ちょっと調べておきたいことがあるんだよなあ」と由(よし)有り気に返した。
ルリは「調べておきたいことって、逝ってしまった宙蔵さんと、それと洋子、そして桜子、それに光樹さんと沙那、この五人のことなのね、知り過ぎない方が良いこともあるのよ。あなた、それでもいいの?」と囁き返した。
霧沢は「だけど、やっぱり調べてみるよ」と自分の意志をはっきりと伝えた。
第二の人生は一週間前からすでに始まってしまっている。確かに勤務していた頃は、退職すれば学生時代に戻り、ルリと一緒に好きな絵でも描こうかと思っていた。
しかしその前に、自分の気持ちに決着を付けておきたい。そうしなければ、霧沢にとっての第二の人生が始まらないのだ。
そして、その決着を付けておきたいこととは、今まで忙しくて深く考えることができなかった、またあえてそうして来なかった四つの出来事。
つまり一つ目は、花木宙蔵の〈密室・消化器二酸化炭素・中毒死〉。
二つ目は、洋子の〈クラブ内首吊り自殺〉。
そして三つ目は、桜子の〈老舗料亭・女将・新幹線こだま内塩化カリウム注射殺人事件〉。
最後の四つ目の出来事は、光樹と沙那の〈画廊経営夫妻の周山街道・自動車落下事故〉。
これらの四つの出来事を振り返り、それらはどのようにして、そしてなぜ起こったのか、それぞれの手段や原因を自分なりに解明する。
そして、仲間七人の内五人が亡くなってしまったという事実、その根底に流れるものは何だったのか、それらについて結論付けをしておきたいと霧沢は思うのだった。
そうしなければ、たとえルリが第二の人生へと誘ってくれても、霧沢は最初の一歩が踏み出せないのだ。
作品名:紺青の縁 (こんじょうのえにし) 作家名:鮎風 遊