よいこ
宵子に出会ったのは、小学生の頃だった。いや、今も小学生だけれど。もうすぐ、わたしは中学生になる。
学校帰り、ほんの気まぐれでいつもと違う道を通っているときだった。工事現場のショベルカーのてっぺんにしゅるりと華麗に立っていた。
風が彼女のために止んだ。わたしはそう思った。
宵子は胸ポケットから折り畳み式の櫛を取出し、長い髪を梳いた。ほつばってなどいなかった。さらりさらりと櫛は流れた。
非現実的な橙色の髪が、地球のゆるやかな回転に伴って藍色になっていくのをぼんやりと眺めていた。
彼女が笑うと、風が吹いた。太陽は風にさらわれ、落ちる速度がはやくなった。
わたしは空腹を忘れた。それによって人間でなくなったような気がした。
「こんばんは」
「……こんばんは」
それは夜空のように澄んだ声だった。
「わたしはね、こんばんはしか言えないの。だからずっと待っていた。あなたも待ってくれていた。わたし、うれしかったよ」
「……へえ。あなた、だあれ?」
「幼さを忘れられないまま、長く生きた空」
「なあに、それ」
「ありがとう」
ショベルカーの向こうに灯台の灯りを見て、途端に不安になった。
「……わたし、帰らなきゃ。おかあさんに怒られちゃう」
「そうだね。ばいばい」
風に押されて、わたしは帰った。一度だけ振り返って見た宵子の髪には、金星らしき光があった。
わたしが彼女に抱いたのは、恐ろしく強い興味だった。