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大雨の翌朝は晴れていた

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「周りは山ばっかりなんだから、登ってみたいわね」
「そうだな。上から見下ろす絶景が待っているかも知れないね」
 信号機のない交差点を左折したのは間もなくのことだった。昨夜の雨のせいで川幅数メートルでも音を立てて白く流れているのを見ながら並行する道を暫く進んで行くと、農家の庭に十台も乗用車が入っているのが見えた。
「ここ、お蕎麦屋さんかも。ちょうどお昼過ぎだし、寄って」
 結花は真剣なまなざしをその茅ぶき屋根の家に注いでいる。
「蕎麦どころなんだな、この辺は。打ちたて茹でたての本格蕎麦が食えるぞ」
 羽柴がそう云うと結花も目を輝かせて笑った。
 廊下も柱もテーブルも黒光りしているひんやりとした暗い家の中には畳の部屋が幾つもあり、そこには一見して観光客と判る人々が注文したものを別段苛立っている様子もなく待っていた。彼らの声は一様に抑え気味だが、大方が関西弁のようだった。少し離れた席に結花を凝視している若い男の姿があり、結花は何度も意味ありげな視線をそちらに送っていることを羽柴は確信した。その男が密会の相手だとも、彼は判断した。
 単なる偶然なのだろうか。あの交差点を曲がって川沿いの道を進むとこの家があることを、結花は知っていたのではないのか。
 二十分以上は待たされたかも知れない。次第に高まるざわめきの中、着物姿の女性が運んで来た濡れて光っている蕎麦は、予期に反して黒くて太いものだ。口に入れると独特の風味があり、愛おしさを覚えるまでに食感が優れていた。つい先程収穫したばかりといった新鮮な山葵を自ら摺りおろしてつゆに入れると、その刺激もおかわりをしたくなる程の食欲をそそる。