大雨の翌朝は晴れていた
やや粘り気のある若い女の声が唐突に背後から聞こえ、彼を動揺させた。声を発したのは彼の妻だった。その声はそこがツインベッドの部屋だったことを思い出させた。もう一度改めて腕の時計を見ると、間もなく午前四時だと判った。
「屋上へ行こうか」
ホテルの屋上にはジャグジーがあるのを思い出し、だらしなく前をはだけた浴衣姿の彼は云った。昨夜は危機感を煽るような大雨だった。それが、嘘のように好天の朝を迎えようとしている。
どうしてあんな夢を見たのだろうか。大雨による被害を、昨夜のテレビのニュースが報じていたのか。そんな気もするのだが、はっきりしない。
「髪の毛がめちゃくちゃ」
同じ柄の浴衣姿の若い妻が隣に立ち、夫を見ながら云う。今朝の彼女も魅力的だが、屋上から眺める夜明けの山並みも壮観だろう。妻に握られた手を振り解いて羽柴は浴衣の乱れを直し、歩きながら手櫛で髪の乱れを直しつつトイレに向かった。
エレベーターで屋上に来たふたりは、ジャグジーの入り口のドアはロックすることができるので、貸し切り状態になることが判って喜んだ。
「水着は要らなかったね」
笑顔の結花は蒼いビキニを浴衣の下に着ていた。
「ねえ、どうする?」
浴衣を脱ぎ、ベージュとグリーンの水泳用トランクスという姿になった羽柴は、風景に気を取られていた。絵に描いたような美しい山脈の、上の方から紅い光線に染められて行く。蒼かった雪渓が紅く輝き始めている。冷えた風が眠気を引きはがして行く。
作品名:大雨の翌朝は晴れていた 作家名:マナーモード