小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

風花が舞う日

INDEX|6ページ/8ページ|

次のページ前のページ
 

  春奈は、雅号を菖蒲翠園と称し、難しい漢詩を題材としたその大作は、見事、文部科学大臣賞の栄誉に輝いていた。作品の前に群がり鑑賞する人の数も、他の作品を大きく凌いでいたし、盛んにカメラを向ける人もいた。
  3週目は土曜日の夜、立川の花火見物へと出掛け、4週目は横浜港のクルージングディナーと、3人の逢瀬の手段は多種多彩だった。
  9月ともなれば芸術の秋。その先陣を切るのが、書道展と同じ東京都美術館で開催される、日本美術院が主催する『院展』。院展は日展と並び、現代日本美術界をリードする双璧と位置づけられている展覧会である。
  ここで初めて、鉄平の提案が取り上げられた。鉄平が中学3年当時、クラスメートで親友でもあった池谷誠が、東京芸術大学を卒業後、某有名宝飾店のデザイン部に就職。余暇を生かして絵画制作にも挑戦し、今年、見事『院展』に入選を果たしたと知らせがあった。
  この美術展鑑賞が、今回の目的となった。鉄平と誠にまつわる逸話も絡み、姉妹にとっても興味津々でその日を待ち焦がれていた。
  上野駅公園口の改札で合流した3人は、いつも人出で賑わう通りや、広場・林を抜けて、目的の美術館に到着した。誠は入口ロビーで待ち受けていた。
 「いやーぁ、しばらく!今日はわざわざすまんなー」
 「いよぉ、元気そーだなぁ。この度は、念願の入選おめでとう!これで、絵一本でも食っていけるんじゃないのか?」
 「いやぁ、なかなか・・・」
  二人は、がっしりと握手を交わし、両腕でお互いの体を抱きしめた。
 「そうだ、紹介するよ。こちら、小さい頃から親友の池谷誠、こちらは、ガールフレンドの菖蒲春奈さんと、百恵さん姉妹です」
 「はじめまして、池谷です。今日はわざわざご足労いただきありがとうございます」
 「はじめまして、姉の春奈と申します」
 「妹の百恵です。絵を描く才能があるなんて素敵ね。鉄平さんのスケッチは池谷さんの影響かしら?」
 「僕のはほんの手慰め、レベルが違うよ」
 「じゃあ、会場にご案内しましょう。どうぞ、こちらへ」
  さすがに有名美術展だけあって、会場はどのフロアーも盛況だった。まず、院の重鎮の大作が紹介される。他の作品の数倍はある。その画家は、池谷が芸大時代に師事を受けたこともある恩師でもあった。
  鉄平の親友が、全身全霊を込めてカンバスに表現した題材は『骨董屋』だった。或る小さな骨董店の店先が、古色蒼然としたセピアを基調に、見事に描かれていた。
  年代を感じさせる陳列品の一品一品が、雄渾でしかも精緻な筆致で表現され、特に店奥正面に鎮座する仏像の蓮の台(うてな)に柔らかい光が当り、黄金色の輝きが観る人の心まで温めてくれるよう。
  広い会場を、作品を鑑賞しながら歩き回るのは、山を歩く時より疲れる気がする、と鉄平は思った。それを察したのか誠が、
 「どぉ、疲れたでしょ?時間があったら、お茶でも飲んでかない?」
 「そおね、お二人もいいでしょ?」
 「ハイ」 と一言春奈。
 「私、疲れたわ。お茶行きましょ」 と百恵。
  4人はサロンに場を移した。いつも口数が少ない鉄平とは逆に、誠は口八丁手八丁の口で、面白可笑しく若き日の鉄平とのエピソードを暴露?披露するのだった。鉄平は辟易し、いたたまれない気持ちだったが、姉妹にとっては、美術展よりこの会話の方が、どんなに有益だったか計り知れない。
  別れ際に誠は、
 「オイ鉄平、早くどっちにするか決めた方がいいぞ。時間が経つほどややっこしくなるかもしれん」 と鉄平に耳打ちした。
 「うん」 鉄平は、素直に頷いていた。

第8章 一通の封書と密会?

  この日、早めに帰宅する百恵の心中は、大きな喜びでウキウキしていた。鉄平からのメールで、[今度、モモちゃんの誕生日祝いとして、バースディ登山に連れて行く]と知らせてきたから。百恵はもうこれ以上の喜びは無いと思った。
  それに最近、鉄平からのメールの内容が、以前のそっけない事務的な感じから、なんとなく<熱さ>のようなものが感じられるようになったと思った。これは、百恵にとってとても嬉しい兆候だったが、百恵自身の独り善がりかもしれない、と自らの気持ちを諌めるよう心がけていた。
  百恵は家の前から、郵便配達のバイクが走り去るのを目撃し、何の気なしに郵便受けを覗いた百恵の目が、差出人に鉄平の名を見出していた。宛名は姉の春奈だ。瞬間、見てはならないものを見てしまった思いで、慌ててその『親展』と朱書きされた封書を、郵便受けに戻した。
  今まで、喜びで熱くなっていた体に、頭から冷水を浴びせられたように、スーッと血の気が引いていった。有頂天の絶頂から、一気に奈落の底に突き落とされた感じがした。まさに青天の霹靂だった。
  その夜の姉・春奈の態度は、鉄平からの手紙を見ているはずなのに、何時もと変わらぬもの静かで、とても隠し事があるようには見えなかった。その春奈のさり気なさが、百恵には取り繕った演技に感じて仕方なかった。
  百恵は、明日の午前中を病欠する覚悟を決めていた。そしてなんとしても、見てはならない鉄平からの封書の中身が知りたかった。
  翌日、春奈が出勤した後、百恵はこれまで一度として犯したことの無い、盗み見を実行していた。鉄平からの手紙には・・・
     #   #   #   #   
  一生に関わるお願い事があります。
  百恵さんには内緒で会って下さい。
  日時:10月20日(金) 午後6時
  場所:新宿・中村屋1F喫茶室
     #   #   #   #   
  ペラペラの1枚の便箋に、ただそれだけしたためられていた。これでは手紙が、何を意味するのか、百恵にも判断がつきかねた。一つだけはっきりしているのは、百恵抜きで2人が会うという事実だった。
  もう後には引けなかった。百恵は隠密裏に会う2人の逢瀬を、監視する決心を固めた。
  百恵は、姉の春奈に気付かれないよう、帽子から洋服まで平凡な一揃えをわざわざ新調して正体を隠し、喫茶室の近くで2人を待ち伏せした。
  まず鉄平が現れ、店の奥まった場所に席を選ぶ。ほどなく春奈もやってきて、挨拶を交わし席に着いた。生憎、2人の近くの席に空きが無くて、百恵は盗み聞きが出来る場所に座れない。
  仕方なく離れた席から、大きく広げた女性週刊誌を盾にして、2人の様子を窺う。
  鉄平はいつになく雄弁らしく、姉に対し一方的に話し掛けている。春奈がハンカチを出して、目頭に当てている。うれし涙か?鉄平は両の手で、テーブルを押さえ付けるように肘を張り、二度三度頭を下げている。意味不明。
  一度、百恵の心の片隅に芽生えた、猜疑心という翳りは、暗い霞となって心の中に大きく広がり、百恵の聡明で明るく澄み切った思考を、徐々に覆い尽くし、正常な判断が出来なくなっていった。全ての出来事が、自分に対し悪い方向ばかりに、想像の輪が広がっていく。
  今、鉄平は姉を前にして、両手を合わせ拝み倒す仕草をしている。姉は弁天様のように、その願いを聞き入れたのか?軽く頷いている。終始二人の表情に笑顔が無く、真剣な面持ちのまま用件が終わったようだ。
作品名:風花が舞う日 作家名:おだまき