グランボルカ戦記 3 蒼雷
リュリュお勧めの洋裁店でオリガ用と、ちゃっかり自分達の分のドレスをオーダーして城に配達するように手配した後、アリスとジゼルはオリガに街娘風にまとめた格好をさせて街へ繰り出した。
「なんだか落ち着かないんですが」
ロングスカートとはいえ、普段スカートなど履きなれていないオリガはスカートのふわふわとした感覚が落ち着かないらしく、そのせいか足取りも頼りなく歩くスピードもかなり遅い。
「ねえ、アリス。これ、下にズボン履いちゃダメかな。本当に落ち着かなくて歩きづらいんだけど。どうせロングスカートなんだしさ。」
「ズボンって・・・」
「だめよ。仮にも侯爵夫人を目指すんだから、早くなれなさい。」
「ええっ?わたしは別に私はそんな畏れ多いこと事考えてないです。」
「そんなつもりなくても、お父様と一緒になるってことはそういう事なの。」
「でもどうせ自分なんか筋肉質だし、こんな格好しても・・・。」
「そんな事はないわよ。身体の線も隠れるような服にしてあるんだし、メイクやウィッグで印象も全然変わってるから・・・あら、ちょうどいい所にちょうどいい感じのやつらが居るわ。」
ジゼルがそう言って視線を向けた先には、警ら中の二人の兵士が歩いていた。
「確か、ジミーとダニエルでしたっけ。ジゼル達がグランパレスに向かった時の護衛だった。」
二人の事を思い出したアリスがジゼルに確認すると、ジゼルはふん、と鼻を鳴らした。「まあ、護衛なんて大層なものじゃなかったけどね。あたしやエドのほうが強いんだし。」
「そんなこと言ったらお二人を護衛できる人間なんてほとんどいないじゃないですか・・・。」
「強くて美しいというのも罪よね。さて、オリガ。あなた、あの二人のどっちかを引っ掛けなさい。」
「そんな事できるわけないじゃないですか!私、二人とは顔なじみですよ?」
「メイクとウィッグがあるから大丈夫だって。」
「無理ですって。」
「大丈夫だって。」
「大体引っ掛けるって何をしたらいいんですか。」
「どっちでもいいから・・・そうね、ジミーのほうがいいか。単純そうだし。ジミーに色目を使ってみればいいのよ。」
「色目って・・・一体どうしたらいいのか検討もつかないんですが。」
「そうね、一人のほうがひっかけやすいだろうし、ちょっと見本を見せてあげるわ。」
そう言ってアリスは結んでいた髪をほどいて、いつもとは違った形で編みこみ、前髪もピンで止めてアレンジする。
「一応ルージュの色も変えておきましょうか。あと、目元もちょっと変えてっと・・・。」
懐から取り出した二枚貝をかたどったコンパクトを見ながら手早くメイクを直すと、アリスはいつもの印象よりも少し幼い印象に変わっていた。
「どうかしら。」
「うわ、ぜんぜん違う人みたい。」
「じゃあ、ちょっとダニエルのほうを引っ掛けてみせるからちゃんと見てなさいよ。」
そう言ってアリスは小走りに回り道をして、裏道から二人の前に現れてダニエルにぶつかって、尻餅をついた。
「いたたた・・・・。」
「大丈夫かい?怪我はない?」
「はい。すみません騎士様。」
ダニエルに手を引いてもらって立ち上がりながら、アリスはわざと間違えてそう言った。
「ははは、僕は騎士じゃないよ。ただのしがない見回りの兵士さ。」
「そうなんですか?とっても強そうなのに。」
「そ、そうかな?」
「そうですよぉ、腕だってこんなに逞しいし。」
そう言ってアリスはダニエルの腕にしがみつくようにして自分の胸を押し当てた。
「そ、そんな事あるかもしれないけど。」
アリスの胸を押し当てられたダニエルの表情がだらしなく緩み、それを見たジミーが舌打ちをしながら眉をしかめた。
「おい、ダニエル。そんなだらしない顔してないで見回りつづけんぞ。ったく、なんでダニエルばっか・・・。」
「おっと・・そうだった。ごめん、僕はもう行かないと。」
「そうですよね、お仕事中ですものね、ごめんなさいお仕事の邪魔をしてしまって。あ・・・っ」
一旦手を離しかけたアリスが、つまずくようにして、更にダニエルにもたれかかるようにして抱きついた。
「痛たた・・・。すみません、さっき倒れた時に足を挫いてしまったみたいで。」
「そ、そう。それはいけないな、僕が家まで送るよ。ジミー、いいよね?」
「まあ、そういう事なら仕方ないな。送り終わったらちゃんと戻ってこいよ。」
「ああ。戻れたらね。えっと・・・。」
「アイリスです。」
「じゃあ、行こうかアイリス。」
「お前、本当にちゃんと戻ってこいよ。」
「いいじゃん、たまには。」
「お前な・・・。」
「ジミーにそういう機会があったら見逃すからさ。」
ダニエルはそう言ってアイリスことアリスに肩を貸しながら路地裏に消えた。
作品名:グランボルカ戦記 3 蒼雷 作家名:七ケ島 鏡一