グランボルカ戦記 3 蒼雷
自室までアンドラーシュに運んでもらっている途中に目を覚ましたオリガが、あまりに近くにアンドラーシュの顔があったことに驚いて再び失神してしまうというアクシデントなどの一部始終を見て、アリスの言っていることが嘘や冗談ではないと悟ったジゼルが、目を覚ましたオリガに向かって神妙な顔で口を開いた。
「アリスの言ったこと、本当なのね。」
「あ、いえそんな。わたしなんかがアンドラーシュ様とその・・そんな・・・。」
「ごまかさなくていいわ。・・・ただ正直なところ、あたしはあなたのことお母さんって呼ぶつもりはないわよ。」
「・・・・・・はい。」
「でもね、お父様とのことはどっちかと言えば応援するわ。さっきね、あなたが気絶した時にお父様が素に戻ってたのよ。あの気持ち悪い喋り方もイライラさせられるクネクネする仕草もなくなっていたの。」
そこで言葉を切って、ジゼルはオリガの手を取った。
「あなたなら、もしかしたらお父様のあの気持ち悪い口調や女装癖をやめさせられるかもしれない。」
(気持ち悪いと思っていたのね。)
(気持ち悪いと思っていたんだ。)
ジゼルの真剣な口調と表情を見て、アリスとオリガは心の中で苦笑した。
「あなたをもっとお父様好みの女にして、あの気持ち悪い口調と仕草をやめさせるわよ。いいわね、オリガ。」
「は・・・はい!」
「私も及ばずながら手伝うから、三人で一緒にアンを振り向かせましょうね。」
アリスはそう言ってジゼルが握ったままになっている手の上に自分の手を重ねて笑った。
「さて、じゃあとりあえずお化粧からよね。オリガが失神している間に私の化粧品を取ってきておいたから、好きに使ってお化粧をしてみてちょうだい。悪いところは都度指摘していくから」
「う・・・うん。頑張るよ。」
オリガはそう返事をしてアリスから化粧品を受け取ると鏡台の前に座って、自分の思うように化粧をし始める。
最初はオリガの好きなようにさせて悪いところを指導していけばいいと思っていたアリスだったが、その方針はオリガが化粧を初めて5分もしないうちに撤回せざるを得なくなった。
「なんでこうなるのよ!目元も口元も化物みたいになっちゃっているじゃない!アンになるんじゃなくて、アンの好みの女になるんでしょ!」
暗にアンドラーシュを化物呼ばわりしながら、アリスがオリガのメイクを手際よく落としていく。
「え?違うの?」
「違うわよ!ああもう・・・今日は私がやってあげるから、ちゃんと覚えるのよ。」
そう言うと、アリスはオリガを洗顔させた後、慣れた手つきで下地を作り、パウダーを振って薄くチークを入れていく。
アリスのメイクが始まって十分もすると、オリガの目元は元の男性的なシャープな印象とは違う、柔らかい感じの女性らしい印象を持っていた。肌の色もいつもよりも一段明るいトーンで、チークもリップも嫌な赤みのない自然な印象でまとめられている。
「うわ・・・違う人みたい。」
「どうかしら、アンの好みに近づけてみたんだけど。」
「これがアンドラーシュ様の好み・・・。」
「お父様の好みっていうか、シモーヌ伯母様っぽいわね。」
「皇妃様が生きていらした頃、アンは病的なシスコンだったから、多分こういうほうが好きなんじゃないかと思って。」
「私は皇妃様を知らないからよくわからないけれど、少しアリスにも似ている気がする。」
「ええ。私って、元々クロエと同じくツリ目なんだけど、それだと見た目の印象がキツそうに見えるからメイクでごまかしているのよ。今回は私と同じようにメイクしたし、私に似てるっていうのも正解。まあ、手順は覚えてもらえたと思うからあとは目元のラインの引き方とか、濃さで大分印象を変えられるから色々やってみるといいわ。」
「ありがとうアリス。」
「どういたしまして。さて、次は・・・。」
「ウィッグよね。お父様が伯母様のような女性を好むというのなら、オリガの髪は短すぎるもの。こんなこともあろうかと、アリスと一緒にアタシのウイッグコレクションから幾つか見繕ってきたから・・・どうしたの、オリガ。変な顔して」
「ウィッグコレクションって・・・ジゼル様、その髪の上にウィッグを被られるんですか?」
ウェーブがかかっているにもかかわらず腰の下まであるジゼルの髪の毛をみれば、オリガの質問は至って普通の感覚から来るものだったが、ジゼルは眉をしかめてオリガに聞き返した。
「・・・オリガ。あなたこの間一緒にマタイサに行ったわよね。」
「え?はい。」
「その時のあたしの髪、もっと短かったでしょう?これ、肩から先は全部つけ毛よ。」
「言われてみれば確かに短かったような気がします。」
「じゃなきゃ鎧なんか着られないでしょ。まったく・・・。」
そう言いながらジゼルはつけ毛を外して椅子にかけると、ウィッグがはいっている箱の山を漁り始めた。
「さすがにオリガの髪の色のつけ毛は持ってないから、すっぽりかぶるタイプを幾つか見繕ってきたのだけど、こんなのはどう?」
そう言ってジゼルがかぶったのは、ゆるいウェーブがかかった、胸にかかるかかからないかくらいの蜂蜜色のウィッグだった。
「これ、お父様のお気に入りなのよね。これかぶるとちょっとだけお父様のガードが下がるから、何かおねだりするときは大体これをかぶってするの。オリガもこれかぶっておねだりしてみたらどうかしら。」
「お、おねだりって・・・そんな。」
「もしくは、アレクあたりに舞踏会を開かせてアンに内緒でこれを被って一緒に踊るのなんてどう?そして、12時の鐘と共に逃げるようにしてその場を後にするの。」
「そうそう。未練たらしく追ってくるお父様の前にわざと靴を落としたりしてね。」
キャーキャーと勝手に盛り上がりを見せるジゼルとアリスをよそに、オリガがひとつため息をついた。
「・・・でもそれで追いかけてもらえなかったらすごく惨めじゃないですか・・・。」
「いや、それは大丈夫よ。」
「それは心配ないわ。」
「なんで、そんなこと言えるんですか。」
異口同音に答えるジゼルとアリスにオリガが尋ねる。
「だってお父様って・・・。」
「昔は女と見れば誰彼かまわず尻を追いかけていたくらいの女好きだもの。そのころの気持ちを思い出させれば追いかけさせるのはそんなに難しい事じゃないんじゃないかしら。」
「それって誰でもいいんじゃ・・・」
「まあ、そうとも言えるわね。」
「そうとしか言えないともいうけど。」
「・・・・・・。」
「そんな顔しないでオリガ。まずは選ばれることが大切よ。そうしなきゃその先もないんだから。」
「そうだけど・・・。」
「いいからいいから。とりあえずこれ被って、次はドレスを見に街に出るわよ。リュリュにおすすめの仕立屋を聞かなきゃね。」
作品名:グランボルカ戦記 3 蒼雷 作家名:七ケ島 鏡一