グランボルカ戦記 3 蒼雷
軟禁されたアミサガンの城の一室で、グラールは室内をウロウロとしている。
彼はそわそわと落ち着かない様子で席を立って部屋の中をうろうろと歩き回ってはため息をついてまた座るといった事をくり返していた。
何度目かのため息の後で事情を説明しに来ていたアリスが、飲んでいた紅茶のカップをソーサーに置いて口を開いた。
「少し落ち着いて下さい。そわそわとしていても状況は何も変わりませんよ。それよりもこちらに来て一諸に紅茶でもいかがですか?」
「五月蝿い!儂はこんな所で捕まっている場合ではないのだ。こんな事をしている間にも・・・。」
「間にも・・・奥様とお嬢様のお命が危ない。ですか?」
「貴様、何故それを知っておる。」
「別に驚くような事でもないでしょう。相手方に間者を忍び込ませているのはラル宰相だけではないのですから。今回はそれを上手く利用させてもらいましてこちらの裏切り者をあぶり出すのに使わせていただきました。本当にアレクは部下に恵まれていますよね、私とか、カズンとか。あとは、古参にもかかわらず屈辱的な役回りを引き受けてくださるソンさんとか。」
アリスの言葉を聞いてグラールは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに何かを諦めたような表情になり、ガックリと項垂れて肩を落とした。
「そういう事か・・・ではアレクシスは全てを解った上で貴様とアンドラーシュを使い、あえて儂に軍を上げさせたというのか・・・叔母と従姉妹を見殺しにしてまで・・・儂はそれにまんまと乗せられて・・・クソッ・・・ジュリア・・ユリア・・・。ラルめ・・・アレクシスめ・・・」
口惜しそうに顔を歪めるグラールの様子にアリスはやれやれと肩を竦めた
「・・・戦争をしている以上些少な犠牲は仕方の無い事です。戦争に参加するということは不本意であれなんであれ、自分の命をチップにして掛け、勝負をして相手のチップをもぎ取る事なのですから。・・・と私は申し上げたのです。しかしアレクはどうしてもジュリア様とユリア様の事を諦めてくれなかったのですよ。それで私達が出向きまして、城から兵とグラール様をおびき出し救出の段取りをつけさせて頂いたという訳です。あまり城内に人がいては、調査がしづらかったものですから。」
「アレクシスがそんなことを・・・?」
「ええ。ただ、あなたが本気で陛下につくということであれば、また違ったシナリオになっていたのですが。」
「違ったシナリオ?」
「ええ。グラール様とラル宰相の首を私とアンが取って終わり。というシナリオもあるにはありました。ですが、グラール様ときたら、奥様とユリア姫の心配をしてばかりで、とても陛下について私利私欲のためにこの世界を終わらせようとしているようには見えなかったですからね。ですから、アレクの言うとおり皆様をお助けするシナリオで進めさせて頂きました。」
「だが、儂が囚われ、兵が降ったことがラルに知られれば、用済みになった妻と娘は・・・。」
「それなら大丈夫ですよ。ラルに報告がいくのはおそらく2,3日後。それにこちらからも追っ手を放っていますから、まず、そうそう早くは帰れません。まあ、それ以前に、恐らく今頃はお二人の救出は完了しているはずですけど。」
「本当か?本当に妻と娘は無事なのか?」
「ええ、姫君の救出に実績のある人間が事に当たっています。お二人が既にラルによって殺害されていない限りは、ほぼ確実に救出できる。・・・彼と彼女はそういう人材ですから。それにカズンから聞いた話では増援の部隊もマタイサに向かっているようですし。大丈夫でしょう。」
「そう・・・か。・・・よかった。」
グラールはそうつぶやくと、アリスの目をはばかることもなく、ボロボロと大粒の涙を流して大声で泣いた。
作品名:グランボルカ戦記 3 蒼雷 作家名:七ケ島 鏡一