二人の軌跡
この言葉を聞いて彼女は彼が前評判と違うことに納得した。彼女には彼が自分勝手なパイロットには見えずさらに、この基地ではそのような行動は最初以外一切なかった。
「少しは強くなったと思った。けど、カルトを助けることが出来なかった。あのとき救ったあの少女も、今の俺には助けて良かったのか分らないんだ。下手に希望を与えた結果、さらなる恐怖に飲み込まれたんじゃないかと思うと」
「そんなこと――ないと思いますよ!」
それは彼女、アンナしては珍しく力強い口調だった。驚いたアサトは、目を見開いて彼女を見つめる。
「たぶん……ですけど。私がその少女だったらですけど、アサト中尉に感謝の言葉――助けていただき、ありがとうございました、って言いたいと思いますよ」
ヴィンティウ技術者のスノウは回収してオンザの解析をしていた。幸いにも、オンザのパイロットは九人全員無事に脱出している。ディノウ技術者のラグノフは先ほどから姿を見えず、ここにはいない。
この機体がAIによって制御が奪われていることがこの解析によってわかったことだ。
スノウはAIの解析を続けて、驚きの事実を目にした。ある男の特徴的なプログラムコード。ラグノフのだ。
スノウはこのことから推測すると、これをやったのは彼。この最悪なことを考えたくはなかった。
「お前じゃないよな……ラグノフ」
ヴィンティウが捕獲されてから一週間が経過した。その間にも敵の調査が進み、相手を特定する事が出来た。敵は三年前の残党軍。場所の方も把握でき、この間は敵の掃討準備に終始していた。
相手の方も最新鋭機であるヴィンティウを出撃させることが予想できるので、その対処にアサトのディノウの出撃許可が取られた。
三つの艦隊による作戦が始まる。そして、その艦隊の一つにはアサトが三年前所属していた第九特殊艦隊もある。あの基地の主要なメンバーは、この艦に乗っている。艦長とアサトは久しぶりの挨拶を交わした。彼は艦長、そしてクルーからも心配されている事はわかっている。
アサトはディノウのコックピットの中で、作戦開始の時を待つ。彼の想いはただ一つ。カルトを助け出すことだ。アンナ伍長にも言われた。次で助け出しましょうと。
戦艦のオペレーター席にいるアンナ伍長から通信が入る。
「これより作戦を開始します。アサト中尉。必ず、生きて帰ってきてください。私、あなたの帰還を待ってますから」
カタパルトデッキの上に戦闘機形態のディノウが乗って、出撃シーケンスに移行する。移行段階を表示するモニターの文字がCLEARに、周りの色が赤から緑へ、だんだん変わってゆく。そして、オールグリーンになった。
「アサト・テクニカ中尉。ディノウ、出撃する」あ
作戦開始しから十分が過ぎた。場所は基地と同じく荒野。作戦は今のところは順調だ。だが、想定していたよりも敵の数が多く、また練度も高くて戦力比は五分五分といったところだ。
アサトは二機のオンザと共に戦闘をこなしていく。敵はオンザよりも一世代前の機体を使っているが、様々なカスタマイズやチューニングが施されているためか、その性能は現行機に匹敵するほどだ。
そんな敵にアサトとそれに追随する二人が対等以上に戦えるのには二つの理由がある。一つは彼の確な指示や行動。
もう一つはアンナ伍長の情報収集能力と、それらをまとめる力。そしてなにより、的確に必要な情報を渡してくれることだ。彼女はこれまで実戦経験はなく、アサトは多少心配していたが、初めてでこれほどの働きを見せる彼女に驚いた。上出来なんていうレベルではないのからだ。
だが、そんな彼女も初実戦の度重なる極度の緊張感から、彼女の顔には疲労が窺える。今の彼女は気を張り詰め過ぎていて、あまり良くはない。適度な緊張がベストだからだ。
アサトはそんな彼女の緊張を解くため、戦場には似つかない言葉を口にした。
「そんな張り詰めた顔して、どうしたんだアンナ伍長。そんな顔してたら、折角のカワイイお顔が台無しだ」
「えっ? えっ? か、カワイイ!? こ、こんな時に何を言っているんですか」
ウィンドウに表示される彼女の顔が一気に真っ赤になる。
「それに、君の笑顔は魅力的だ。その笑顔で男に手伝いを頼むと、断りきれないほどにね。だから見ているこっちに、やる気を与えてくれる」
「は、はい。あ……ありがとうございます」
アンナは先ほどアサトが言った笑顔で微笑みかける。どうやら少しばかり心に余裕が持てたようだ。
笑顔を見てやる気を増したアサトは、これまで以上に味方を指揮、連携を強化し敵を迎撃する。彼女の方も落ち着いて視野が広がり、これまで以上のサポートをこなす。
また一つと敵機を撃墜した瞬間、アンナから通信が入る。
「前方に、これまとは違う速度で接近してくる機影があります。この速度……間違いありません! ヴィンティウです。アサト中尉、気をつけてください」
彼女の言葉を皮切りとして、機体のあらゆる部分のアラートが鳴り響く。数テンポ遅れで、ディノウのレーダーでも敵を、ヴィンティウの反応を捉える。
遅れて、ヴィンティウの攻撃が迫ってきた。アサトは迫りくる攻撃を捌き切るが、僚機は捌き切れずに撃墜された。
目の前に人型形態のヴィンティウが姿を現し、彼はその姿を睨み付ける。攻撃しようと思った瞬間、敵機から通信要請をうけていることに気づいた。おそるおそる回線を繋げ、相手の第一声――相手の声――に驚愕した。
「さすがだな、アサト。あの攻撃をかわしきるとは」
明らかなまでに殺意が籠ったカルトの言葉。アサトは心を落ち着かせながら彼に問いかける。
「テメェ、自分が何をやってるのか分かってんだろうな?」
「もちろんだ。俺は貴様を殺しに来た。バライク中佐を殺した貴様を、だ」
アサトにとって、バライク隊長が特別だったように、カルトにとっても特別な人。彼はむしろアサトよりも遥かに尊敬し憧れていて、多少、依存していた。
「そんな、待ってくださいカルト中尉。アサト中尉は――」
カルトを説得しようとするアンナを、アサトは声を張り上げて止めた。その彼の剣幕に押されて口が止まる。
「このことは、俺が解決しなきゃいけない問題だ。アンナ伍長。ここは、任せてくれ。どうせ今のあいつは、何も聞きはしない。あいつに冷水でもぶっかけてくるさ」
そして、両者の戦いが始まった――
戦艦の格納庫中で、黒幕のラグノフはコンテナのなかにあるディノウの最終調整をしていた。最新型AIをインストールしている。彼が作り上げた最高のAI。ディノウと組み合わせれば、スノウが作ったヴィンティウなど既に敵ではなくなる。もうすぐ、初めてスノウよりも上にいける。
今までずっと、比べられ生きてきた。いつもスノウが上で、ずっと劣等感を持っていた。誰も自分を褒めてはくれなかった。誰かに褒めて欲しかった。それがようやく叶う。
彼はインストールが完了したディノウに乗り込み、艦のハッチを破壊して二人の男の所に向かった。AIに全てを託して。