二人の軌跡
彼がこんなことが出来るのは、三年前の戦争からずっと乗ってきた機体だ。全パイロット中で最も長く付き合ってきた部類のため、自分のことのように何もかも知っている。
他の二機は、一機撃墜したこともあり、アサト機のディノウの方に機体を向ける。そして、度の機体もカルト機のヴィンティウに注意を向けなくなる。
そのときを見計らって、カルトは近場のオンザに急接近する。その接近に敵が気づいたときには既にもう遅かった。カルトはすでに肉薄していて、アサトと同様にガンポッドを蹴り飛ばした。
もう片方のオンザがすかさずヴィンティウに銃口を向けた瞬間、アサト機が発砲して、すかさず無力化する。
そして、そのことに注意が向いた、この小隊最後のオンザを差し置いて、カルト機はガンポッドを手にしていた。すかさずに、最後の一機に向けてトリガーを引き、アサトと同様に無力化する。
そのお互いに動きを見て、両者の機体が向き合う。あのころ、三年前から変わらない連携を讃えるようだった。
そしてお互い、戦闘機になり次の敵機へ向かって行った。
次に敵機と接触したときには、既に敵の小隊は合流しており、六機が固まって行動していた。こうなれば、いくら最新鋭機に乗ったエースパイロットでも迂闊には手が出せずに、拮抗した状態になっている。
カルトは敵に応戦しながらも、さっきから集中しきれていなかった。それはラグノフのあの言葉。
『あなたは、アサト中尉とのことを、殺してやりたいほど憎んではいませんでしょうか?』
『ディノウとヴィンティウで、本当の腕利き同士の殺し合いを演出します』
あのときは、ただの妄言だと思っていた。が、今のこの状況とは、少なからず関係があると感じる。それは短いなりにも彼が軍の人間として生きてきた中での直感。
元上官で、三年前の戦果から英雄と呼ばれるバライク・ヘンリー大尉。その人も言っていた。そういう直感は当たると。今では二階級特進して中佐になっているが。
そんなことを考えている矢先、ヴィンティウに秘匿回線が入る。パッと見たところ複雑に暗号化されていて、この通信を傍受および解析するのは難しそうだ。躊躇いながらもその通信回線を開く。出てきた相手は、ラグノフだった。
「どうですか、この状況は。これで、少しは私が言ったことを信じてくれますかね?」
「あなたが、この状況を作り出したのですか?」
カルトが言うと、彼はあなたの想像どおりですよ、と答えた。その聞いて彼はあの言葉の真実性が増して揺らぐ。
本当に、本当に、アイツを。アサト・テクニカという男を殺す事が出来るのだろうか――あの人を殺したアサトを。
出来ることなら、何度も何度も殺してやりたいと思っていた。俺から大切な人を奪ったあの男を。そして、今がそのチャンスなのかもしれない。
「分かりました。あなたの話を信じましょう。この私に、あの男、アサト・テクニカを殺す機会を下さい」
「待っていましたよ。その言葉を。あなた様なら、きっとその言葉を言ってくれると信じていました。なぜなら私とあなたは、互いの幼馴染を殺したいほど憎んでいますから。では、これよりその機体を捕獲します」
カルトの機体が動かなくなったのを確認したアサトは、必死にそのサポートにはいろうとするが、敵の弾幕が激しくできない。
その間に一個小隊のオンザが急接近して、周りを囲んでいく。そのまま、彼の機体を捕獲しようと取り掛かる。
アサトはそれを見て強引に動きだそうとするが、残りの小隊がそれを許さない。三機の巧みな連携攻撃を回避することが精一杯だ。相手は明らかなまでの時間稼ぎだ。
アサトはこんなときにバライク元隊長だったらどうするのだろうと考えるが、答えは出てこない。必死にカルトを助ける策を探しながら、敵機に応戦する。
だが結局、アサトは何も出来ずに終わりヴィンティウ、カルトを連れ去られてしまった。そして、残りの敵も撤退していく。追撃しようとしたところを、基地の指令に止められる。それを無視しようと思ったが、機体のステータスを見てそんな考えは吹っ飛んだ。追うとなると明らかなまでに推進剤が足りなかった。
アサトに唯一出来たことは、ただ名前を叫ぶだけだった。仲間が連れていかれるのを黙って見ているだけ。
そして彼はまた、大切な人を助けることが出来なかった。
基地に戻ったアサトは、無力な自分に苛立ちを感じていた。三年前とまったく変わっていないことを。そうやって手近な壁を思いっきり殴ろうとしたところにアンナ伍長が小走りにやってきて話しかけてくる。どうしたんですかと。
アサトは彼女の言葉を聞いて冷静さを取り戻す。彼女の目は真っ直ぐ彼を見据えていて口が開くのを待っている。
そんなアンナの目を見て、彼は自然となんでも話す気になっていた。彼女のその顔には、それをさせる魔力のようなものを少なくともアサトは感じていた。
そして最初に出会ったときから、どこか彼女には自分にとって特別な存在だと直感が告げている。アサトは彼女にはずっと笑顔でいて欲しいと思った。この二つとも大きくこの決断に影響している。
彼はゆっくりと口を開いていく。
「俺は三年前の戦争で、エースパイロットだということは知っているだろ。あの時は、戦争に慣れていなく、俺のミスで民間人を殺したんだ。バライク隊長は慣れていないから、そんなこともあると慰めてくれた」
アサトはそのときの悲しみや、苦しみを昨日ことように思い出す。この辛さに耐えるように、右手に力を込める。それに気がついた彼女は、彼の右手を両手で包みこむ。彼女の手は柔らかく、とても温かいと彼は感じた。
「俺はこのとき誓ったんだ。人を守る事を。けど俺が守る事が出来たのは、一人の少女だけ。敵に首都を奇襲されたあの有名な戦いのときだ」
その戦いは全国民が知っているほど有名なものだ。未だにこの戦いで受けた傷が癒えない人が多いほどだ。
彼は淡々とそのときの状況を語っていく。初めて戦争を見たのだろう、足がすくんで動けない少女。それに気がついた彼は、敵を誘導して戦っていたが、その少女のもとに流れ弾が飛んできた。その弾から少女を庇った。
その話を聞いたとき、彼女は顔に少しばかり喜びのような顔を見せるが、アサトは自分自身への苛立ちに気を取られていて気がつかない。
「そのときから俺は人を、仲間を守れると思った。けど、それはただの勘違いだった。その証拠としてあの人を守れなかった。逆に、その人に守られて」
アサトにとっては、その人こそが生き残るべき人だった。腕もその人の方が上で、彼にとっては目標ともいえる人。最後の、その人の言葉が忘れられない。
『お前は生きろ。臆病になってもいい。お前は生き続けろ』
この言葉が呪いのようにまとわりついて離れない。もし、このことを言われていなければ、とうの昔に自殺でもなんなりして、とうの昔に死んでいるだろう。
「その日から、俺は全てを守り抜くための力が欲しかった。そのため、一番実戦に近い演習では勝手な行動をしたんだ。それもこれも、仲間を守りたかった。その力を欲しかった」