二人の軌跡
アサトが食べようとしたところで女性から声をかけられた。合席していいですか、と。どこかで聞いたことある声だが、どこで聞いたのかは思い出せない。
顔をあげ、声の主を見る。大きなクリっとした目で見つめる。彼女の髪は肩ぐらいまでの長さで、内側の方に向けてパーマがかかっている。少し視線を落とすと、控えめながらも膨らんでいる胸が存在感を表していた。髪全体がまとまっているので、清潔な印象をアサトに与える。彼女の肌が白いのも、それに拍車をかけたのだろう。
その姿を、アサトはどこかで見たような気がするのだが、今すぐには出てこない。
「あの、合席しても、よろしいですか?」
彼女はさっきよりも少しだけ弱々しい口調だった。彼女の顔から、私が話し掛けて迷惑でしたか、と言っているように見える。
アサトはすぐさまに了承すると彼女はそれを聞いて、まるでゲームを許された子供用に喜んで、彼に笑顔を見せる。
「あ、それ、私と同じメニューですね。やっぱり、おいしいですよね! これ」
彼女は目を輝かせながら彼に問いかけてくる。その輝きようは、まるでダイヤモンドでも見つけたかのように。
「その声、思い出した。無理にやったテストのときに聞いたんだ。きみ、この基地のオペレーターだろ? 俺は……」
自己紹介を言いかけて、彼女がここのオペレーターだということを思い出した。テストのときに派手にやらかしたから必要はないといえばないが。
「いや、いいや。もう一度、自己紹介するか。俺はアサト・テクニカ中尉。昨日から、この基地に配属された新参者だ。これからよろしく頼むよ」
彼女は数瞬、目をパチパチと瞬かせたあと、何かに気付いたのか、すぐに顔を引き締めて額に雷のように早く敬礼して、慌てて口を開いた。
「し、失礼しました。テクニカ中尉殿。私はアンナ・コロモ伍長であります。先ほどは随分と無礼をはたらき、申し訳ありませんでした」
「いや、気にしなくていい。むしろさっきの方で接してくれた方が個人的には良い。そして名字で呼ばれるのは慣れていないからアサトで構わない。会って間もないのに、こんなことを言うのは変だけどさ。さっきのほうが君に――アンナ伍長には会っていると思うよ」
アサトがそういうと、彼女はさっきまで緊張をくずし、明るく世間話を振ってくる。占いがどうだとか、ありとあらゆることを楽しそうに話す。
彼女の話を聞きながら、アサトは彼女とどこで会ったのかを思い出そうとするが、彼女の名前を聞いてからも何も出てこない。なら、きっと他人の空似になのだろうと、アサトは結論を下した。
二人とも食事が終わり、席を立ってトレーを片づける。食堂から出て別れる手前で、アンナに声をかけられる。
「これからアサト中尉は予定がありますか? もし、ないのであらば不肖(ふしょう)、このアンナが基地を案内します。昨日の今日で困っていることも多いでしょう。どうですか?」
アサトは必ず新しい基地に来ると最初の日で基地を見回るので、案内してもらう必要性はない。だが、現地の人でしか分からないこともあるし、なにより彼女の好意を無下にすることはできず、案内を受けることにした。
そのことを聞いた彼女は体中で喜びを表現して、空回りしてしまいそうなほど勢い込んだあと案内が始まった。
アサトはそんな彼女を見て、どうしてこんなに自分に良くしてくれ、さらに自分の自身の返答に大げさなほど喜ぶのだろうと、疑問を思わずにはいられなかった。
アサトが基地へ来てから一週間後、彼は自分の機体の技術者であるラグノフに少なからず苦手意識を感じていた。それ故に、テストぐらいのときしか、まともに会話をする機会がない。
代わりにといっては少々おかしいのだろうが、競争相手の技術者のスノウとは友好的な関係になれた。食事を一緒にとったり、他愛のない会話をしたり、と。
だから、テストが終わりスノウとラグノフの口論を目撃して、二人の話が終わって別々に別れてからスノウの方を追いかけるのは当然のことだった。
彼に追いつき、アサトは話しかける。
「さっきラグノフと言い合っていたけど、何かあったか?」
「これは、お恥ずかしい所を見せてしまいました」
「そっちが良ければ、愚痴でも何でも聞いてやるよ」
アサトがそういうと、彼はしばし逡巡した後に、その口を開いた。
「では、聞いて下さい。僕とラグノフの過去の話を。僕と彼は小さい頃から一緒にいた幼馴染なんですよ」
そう言ってからは話し始めた。話を要約するとこうなる。
『小さい頃、ずっと一緒にいた友達。だが、学校で行われるテストの結果はいつもスノウが一番で二番がラグノフ。他の実力を比べでも、必ずスノウの方が上だった。その結果、周りからの扱い露骨なまでに二人で変わり、いつしかラグノフはスノウを敵視していた』
その彼の話を聞いて、アサトはカルトとのことが嫌でも出てくる。なぜなら、この二人も同じ幼馴染で、同じように事件が起こって、仲違いをしたからだ。
アサトはこのことを、スノウに話していた。アサトは彼に自分を重ねてしまったからだ。
一方、ヴィンティウのテストパイロットであるカルトと、ディノウの技術者ラグノフは、アサトとスノウのように、この二人も話し合いをしていた。
「カルトさん、一つ尋ねていいですか。あなたは、アサト中尉とのことを、殺してやりたいほど憎んではいませんでしょうか? もし、そうなら――」
カルトはアサトが来てから、妙にラグノフに親近感を感じていた。彼もアサトと同様にラグノフと話す機会が多くなっている。
しかし、こんな物騒な話をするほどの仲では決してない。
「もし、そうだと言ったら、どうするおつもりですか?」
カルトは慎重に言葉を選びながら、慎重に言った。彼の、次の言葉をじっと待つ。睨み付ける視線と共に。
そんな視線を気にも留めずに、彼は口を動かした。
「彼と合法的に殺りあえる機会を与えましょう。ディノウとヴィンティウで、本当の腕利き同士の殺し合いを演出します。あなたに、その気があるのなら」
このとき、カルトは目の前の男が、ただ妄言を吐いているようにしか見えなかった。第一、最新鋭機同士、それも試作機の実戦が行えるはずがない、とも。
「私はただ、スノウが作ったヴィンティウと、私が作ったディノウの、本当の意味でよりどちらかが優れているのかを知りたいだけ」
カルトは、彼が本当なのか、と尋ねる。
「奴のヴィンティウと私のディノウが戦い、そして、もし私のディノウが勝てば、それはそのまま私の勝ちになります。私はただ、あの男に勝ちたいだけですよ」
数日後、アサトが来て初めてディノウとヴィンティウの同時テストが行われる。内容は現行機、オンザの三機編成小隊三つを相手にし、その時の被弾状況、撃破タイムおよび撃墜数がスコアになる。使用する弾種類はペイント弾。
カルトはさっきから、どこか心ここにあらずで、ヴィンティウのコックピットの中にいた。
一方アサトは、コックピットの中、初めてリアルタイムでカルトと戦えることで、やたらと気合が入っている。
ほどなくして、いつも通りオペレーターの、アンナ伍長の透き通る声が合図を告げる。