巨岩の絵
イーゼルもたたんでほぼ荷物をまとめ、富沢が立ちあがったとき、再び後方から声を掛けられた。但し今度は至近距離からのものだった。振り向くとそこには日焼けして黒い少年の笑顔があった。彼は坊主頭の横に、中途半端に手を添えながら云った。
「こんにちは。もう終わったの?」
その少年は最寄駅の近くに住んでいた。富沢の住まいの近くの農家の息子で、小学校の六年生ではなかったかと思う。
「うん。もう終わりだ。ところで、二時頃だったかな。草太。お前、俺を呼んだか?」
峰松草太は少し驚いたような顔になったものの、すぐに笑顔に戻り、
「姉ちゃんだよ。多分。だって富沢さんがここに居たこと俺に教えたんだから」
草太の姉の菜奈恵は、この春高校生になったばかりだったと聞いている。
「お前の姉ちゃん、どうしてこんなところに来たんだ?」
「山菜を取って来いって、母ちゃんに命令されたんだろ」
少年はやや困惑したような表情を見せた。
「そうか。お前もか?」
「俺はおじさんの絵を見に来たんだ」
「どうして?」
「だって、いつもどこで描いてきたのかわからない絵ばっかりだから、モチーフと絵を見較べるためだよ」