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巨岩の絵

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 遥か後方から、とみざわさーん、と彼を呼ぶ若い女のような声が聞こえた。それは幻聴だと、彼は思った。最寄りの駅から山道を一時間も歩いて辿り着いたその場所で、そんな声が聞こえる筈がなかった。一応背後の河原や山林に眼をやってみたが、それらしい姿は見当たらなかった。
 富沢は制作に没頭した。真っ白なキャンバスに、最初の数本の線を描いたとき、情熱はピークとなる。その時点でこれは凄い絵になるぞ、と思うのである。想像を遥かに超える素晴らしい作品が、今日こそは誕生するのだと思う。だが、どんどん絵ができ上がって行くに連れて、その熱が冷めて来る。描き込むうちに、やっぱりいつものようにこの程度の絵になってしまったかと、落胆する。
 描き始めたのが昼食のあとだった。それが午後一時前だった。かなり完成が近づいたと思ったとき、時刻は午後三時半をまわっていた。もう帰り支度をするべきだと、富沢は思った。太陽光線の具合も、描き始めた頃とは随分違う。
パレットの絵具を拭い取り、絵筆を洗う。筆洗い油で執拗に洗い、そのあとで石鹸を使って更にこれでもかという程洗う。そうしないと絵筆は固まり、次の制作のときに使えない代物になってしまうのだ。
作品名:巨岩の絵 作家名:マナーモード