紫陽花の寺
「やっぱり、十年ですか。どうしているかなって、いつも思っていました」
北川も彼女に笑顔を向けながら云う。
「わたしも、そうです。あれからたくさん写真を撮ったでしょうね」
「そうでもないんです。これ、初めてのデジカメです。買ったばかりで、このカメラにとっては今日が初仕事です」
狭い階段の途中で立ち話をしていた。上から団体が来たのを見て北川が云った。
「どこか涼しいところへ移動しますか?」
北川は胸をドキドキさせながら訊いた。あれ以来、彼は恋愛をするどころか若い女性と話をすることもなくなっていた。
「上で連れがわたしを捜していると思うので……」
野百合も今では三十代の女になっている。結婚したのかも知れないと、北川は思った。それどころか、子供だっているのかも知れない。
「そうですか。じゃあ、私は下の通りにあるカフェにでも行きます。お元気で……」
中高年の団体がぞろぞろと通り過ぎて行く。お取り込み中失礼しますよ。などと声を掛けて行く老人は、如何にも迷惑そうな眼で北川の顔を睨みつけた。
「でも、写真を撮りに来たんでしょう?」