紫陽花の寺
野百合との絶縁を北川が宣言したのは、そのときのことだった。彼は自分の携帯電話を、病院の前の路上で踏みつけて破壊した。野百合はそれを見て泣いた。彼女は泣きながら北川の車の中に戻った。ごめんね晴之。あなたをこんなところへ来させてごめんなさい。わたしが間違ってたわ。あなたの気持を無視するなんて……。北川は野百合を力ずくで車から降ろし、一人で自宅へ戻った。雨が降り始めたのは、間もなくのことだった。
紫陽花の名所として知られているその寺の境内に、北川が足を踏み入れたのは十年振りくらいだろうか。様々な紫陽花が咲いているのを、時々写真に撮りながら階段を登って行くと、下りて来たのが野百合だとすぐに判った。期待していたことが現実になった。
「設楽さん……」
野百合は北川を見ると嬉しそうな表情になった。初夏の光の中で、彼女は以前のように輝いていた。
「随分、久し振りに会いましたね。十年振りですよ」